Archive for the ‘三和新聞’ Category

第223号 お盆

2019-07-31
第223号 お盆

writer: 彦 坂 訓 克

 梅雨の鬱陶しい時期も終わり、いよいよ夏真っ盛り8月となりましたね。(この記事を書いている時はまだ、梅雨真っ只中でしたけど)梅雨時期といえば、東海地方ではここ数年、梅雨入りは早まってきており、梅雨明けは遅くなっているようで梅雨と呼ばれる時期が年々長くなってきているそうです。梅雨のジメジメも不快ですが、それ以上に釣り好きの私にとっては、出撃できる日が少なくなる、とても辛いイライラ時期となります。梅雨が明ければ明けたで天敵?台風が猛威を振るいますけどね。日本の夏といえば、花火・海水浴・キャンプ・高校野球など連想することはいっぱい有りますが、今回は我が家の【お盆】を書いていきたいと思います。

 お盆とは故人やご先祖様の霊が、あの世からこの世に戻ってきて家族と過ごす期間であると考えられています。皆さんは【精霊馬=しょうりょううま(牛馬)】をご存じですか?【ナス】や【キュウリ】に足がついたアレです。精霊馬はナスを牛、キュウリを馬になぞらえますが、それぞれに理由があります。一般的には、馬は先祖がこちらに来る時に早く来れるように、牛はたくさん荷物を積み込んであの世へゆっくり帰るように供えるものとされているようです。また、精霊馬には、よく『そうめん』が一緒に供えられるようですが、精霊馬と一緒にする理由にはいくつかの説があるようです。まず、喜びを細く長く続けられるようにという願いが挙げられるそうです。ふたつめは、精霊馬に関する道具としてのようです。ご先祖様が帰るとき、荷物を縛るための紐となったり、精霊馬の手綱となったりするとされているようです。荷物ってこの世からあの世に何を持っていくのでしょうか?子供の頃は、仏壇に飾られている精霊馬を見掛けると「なんだこりゃ?」ってしか思わなかったですが・・・何事にも意味があるんですね。

 私は15年前に母親を亡くしております。母親が他界するまでのお盆休みといえば、普通に夏休みということで、日ごろの疲れを癒しにのんびりしたり、どこそこへ遊びに行ったりの過ごし方でした。しかし母親を亡くしてからは、13日にお墓と家の庭先で『迎え火』を行います。迎え火というのは、戻ってくる先祖の霊が迷わないように、目印として火を焚くお盆の風習とのことでキュウリの馬に乗って帰ってくるらしいですが、迎え火を2か所で行って私と同じ方向音痴だった母がいったい迷わず家に帰って来られるのでしょうか?毎年思ってしまいます。15日夕方には『送り火』を行います。送り火とは、お盆の期間に一緒に過ごした先祖の霊を送り出す行事です。ナスの牛に乗って荷物いっぱい、ゆっくりあの世に帰るのでしょうね。送り火を眺めているときに最近感じるのは、もう少し前は送り火の煙が上がっている家がもう少し多かったような気がします。宗教的な考えもありますが、お盆は悔やむ気持ちより故人との交流を喜ぶ、懐かしむ側面が大きい法事でもあるので、少なくなるとなんとなく・・・寂しい気がしてしまいます。

 お盆に母を迎えるようになってからは毎年、父と私の家族、姉家族、甥っ子家族が集まってお墓参りへ行ったり、食事をしたりでお盆休みを過ごすようになりました。久しぶりに会っての姉の老け具合やら息子や甥っ子の成長具合、生前の母の悪口で話が盛り上がります。年老いた父もこうして毎年こうして集まることをとても嬉しく、楽しみにしているようです。

 お盆とは、故人やご先祖様の霊があの世から戻ってきて家族と過ごす期間ということですが、もし、母が他界していなかったらどうだったでしょうか?毎年こうして集まることはきっと無かったでしょう。やはり故人が生人を集めてくれるのでしょうか?会社や仕事で毎日顔を合わせていても、日ごろの忙しさ故に何かキッカケがないとコミュニケーションが取れない事って多いですよね。コミュニケーション不足がちになっていませんか?こんな記述が有ります。【挨拶】あいさつの『あい』には、心を開くという意味。『さつ』には、その心に近づくという意味があります。あいさつとは、自分の心を開くことで、相手の心を開かせ、相手の心に近づいていく積極的な行為なのです。このように、挨拶は「あなたの存在を見つけました。よろしくお願いします!」という人間関係をスタートさせるためのコミュニケーションの第一歩といえます。相手の目を見て、明るく!元気よく♪心を込めてするのが挨拶の基本です。【挨拶】は毎日のコミュニケーションのスタート!しっかり出来るように心掛けていきたいですね。

第222号 監視社会

2019-06-30
第222号 監視社会

writer: 小 谷 野 一 彦

 今回の新聞担当としてネタを考えるさなか急遽!中国への出張が決まりましたので、その実況をしながら書き進めたいと思います。出発前情報として中国では電子マネー化が進み現金が使えないと小耳にはさんでいたので、中国で使える電子マネーを調べてみると『LINE』と同様の機能を持った『WeChat』なるアプリが多く使われているようなので、更に調べを進めると残念ながら中国に銀行口座が無いと支払機能は使えないことが判明しこれを断念。しかしこれでは食事もできないのではないか?と思い現地に精通している方に現状を確認すると確かに電子マネー化が進み現金が使えない店もあるが、大半は現金もOKとのことで一安心!実際に現地スーパーや飲食店で現金を使う事できました。ただ現地の人は観察しているとぉ~ほぼ電子マネーでしたね!

 今回の中国訪問はVISAの取得が必要でありその手続きを進めるためパスポートの渡航履歴を確認すると、前回海外に行った時の帰りの日本入国時のスタンプが無いことが判明、どうやら顔認証とやらで帰国入国したようでそれで入国するとスタンプを押されないとの事・・・そんなこと記憶ございません(笑)出入国管理をスムースにするため取り入れられたシステムだと思うのですが結局空港まで証明をもらいに行く羽目になり、便利なはずのシステムが仇となって返ってきました。そしてなんとか一通りの準備が整い出発!空港で出国審査まで進むとそこには無人ゲートが・・・ちょっとドキドキしながらパスポートをかざしカメラに顔を向けると、ものの数秒で出国OK !!実に便利!! 人の審査だと睨みつけられながら作業が進むので取り調べを受てるような気になり気分悪い感じですが、無人はそんなストレスもなく気分よくフライト!! いよいよ中国に入国です♪

 タラップを降りると中国人以外は顔認証機のような機械に案内されたので隣の人の見様見真似でパスポートをかざすと日本語が流れ指紋登録機だと解りました。まずは左手4本、次に右手4本、さらに両手親指2本を登録し完了!! 次の入国審査へ進むとそこは有人ゲートで、いかつい顔した審査官が眉間にしわ寄せ審査作業をしていて、よく見ると指紋認証機と顔認証機が両方あり、審査官・顔認証・指紋認証の三重審査システムです。指紋認証はまだしも目の前に本人がいるのだから顔認証は不要だろ~『睨むな!! 気分悪い!!』こんな感じです(笑)審査も無事終了し中国へ入国、お迎えの車がある駐車場へ歩きながら『あれっ?なんか違う?なんだろう?』と思いながら目的地まで出発、高速に乗り走っていくとやはり何かが違う!静かすぎる・・・そう!クラクションの音が聞こえない!それに料金所前に車列が出来ている、何と中国の滅茶苦茶だった交通事情に秩序が生まれ、彼らに譲り合いが生まれていたのです!! 中国の変化は物理的なものだと思っていましたが、人間性も変化しているのですね、素晴らしい変わりようです。そして目的地のホテルに到着し、部屋に入ってメールチェックのためWi-Fiにつなぐと、使えない予定のLINEやメッセンジャーがメッセージを受信するではありませんか?!やはり中国は凄いな~使えないって聞てるのに変化が早いなぁと思ったのも束の間!返信が送信されない・・・少し経つと途中から受信数のみ表示されLINEの未読数は増えるがメッセージが読めない・・・更にはYAHOO検索するとネットは繋がっているのに検索ができない・・・スマホがなんの役にも立たなくなりました。唯一契約している会社のメールは見ることが出来た事と、ネットゲームだけは使えました。私のネット状況を細かく監視し、やらせられることやらせないことを瞬時に判断し、制限をかけているのですね・・・ある意味凄いです。

 街に食事に出ると車に乗っている時も気になっていたのですが、いたるところで『ピカッピカッ!』現地の同行者に尋ねると「あれは全てカメラです。」との事、ある場所の交差点には大型モニターが設置され、カメラが捉えた信号無視などの違反者の顔が映され【さらし首】状態にはなるのです!呆れるばかりです。そうだ!今までの事は全て【中国総監視社会】の体験なのです!車や人の交通に秩序が生まれたのは監視されているからなのです!ホテルでの私の行動も私がネットに繋げた瞬間から行動を監視されているのです!少し大げさな感じに思うかも知れませんが日本人が考えるより数倍監視の目があると思います。こんな記事だと中国には行きたくないという人がいるかも知れませんが、数年前と変わらずエネルギッシュな生きる力のある国だと今回の訪問でも感じましたので、近いですし力を感ずるお勧めの国です!そういえば中国出発前夜、私の父が夜中に起き風呂場から洗面器を持ち出し寝室に運んだ事件が起きました、結果夢を見ての行動で次の朝きちんと夢であんなことやってしまったと記憶があったのでボケではないと思いますが、我が家にもいたるところに監視の目が必要かも知れません(笑)

第221号 親不知

2019-05-31
第221号 親不知

writer: 小 林 照 宜

 『平成』から新元号『令和』となりテレビでは様々な特集を放送していますが、私的には、仕事の都合上色々な式典を見る機会が少なく改元にはピンとこない普段通りの生活を送っています。ところで話しはコロッと変わりますが皆さん、歯医者さんは好きですか?私は大の苦手でして・・・ちょっとした事では、中々行くことが出来ません。そんな性格が災いして【親不知(おやしらず)】を抜く事になりました・・・。

 昨年の2月、既にその2~3ヶ月前から右下の奥歯がズキズキと痛かったのですが段々グラグラになり流石に治療をしなくてはいけないと思い近所の歯科医へ行きました。これまで私は色々な歯科医さんに通いましたが何かしっくりせず定着しませんでした。近年自宅の近くに新しく開業された歯科医が出来、噂に聞くと女医さんという事なので物は試し!と行ってみる事にしました。予約を取り診察を受けると痛くなっていた歯は即刻「抜かなければいけません!」と宣告され、その歯を抜くと奥に歯茎の中に隠れている【親不知】が有り厄介な事に抜こうとしている歯に向かって真直ぐ横に生えていて痛む歯を抜くと親不知も抜かなければいけないとの事でした。親不知を抜くにはメスを入れて口の中を切らないといけないので町医者では出来ない。市民病院の口腔外科に行かないといけないそうで「紹介状を書くので行って下さい!」と言われました。更に「痛んだ歯は今日今から抜きますか。それとも市民病院で親不知と一緒に抜いてもらいますか?」ともう抜く前提の話ばかりされます。抜かずに治す選択肢は無いかと聞こうと思いましたが全然そんな雰囲気ではないので聞くのを諦めました。歯を抜くことは全くの想定外でショックが大きく初診のその日に抜くことに決心がつかず市民病院で抜いてもらうことにして紹介状を書いてもらい、すごく重い気分になって自宅に帰りました。

 週明けに市民病院に電話をして予約を取り会社には休日をもらい、いざ市民病院へ。ロビーに入るなり何処へ行けば良いか分かりません。近頃の病院は私の様な人が多いのか入り口に立っていて案内してくれる人がいます。早速受付の場所を聞いて紹介状を渡し今度は受診の受付です。受診受付の所にも人がいて何も分からない私は言われるがまま画面を操作して受診票のプリントをもらいました。次は診療受付です。受付カウンターで受診票を渡しモニター画面に受診番号が出るのを待ちます。受診番号が表示され中待合では5~6人の人が待っていました。私は今まで経験したことにない市民病院で歯を抜くという行事に内心ドキドキで他の人に悟られないように平静を装っていました。いよいよ名前を呼ばれ診察室の中に入り椅子に座りました。さあ診察と思い先生に目をやると何と若い女医さんでした。しかも少しあどけなさも残る利発的な美人です。こんな綺麗な女医先生に歯を抜いてもらうなんて・・・と私は少し恥ずかしい気持ちになりました。「今日抜かれますか?」と尋ねられたので「是非!」と答え、女医先生の予定を確認しその日の午後抜くことが決まりました。午後になりいよいよ抜歯です。予約してあるのでそのまま診療受付へ午前中に貰ってあった受診票を渡し直ぐ中待合へ入りました。名前を呼ばれて診察室へ口を開けて状態を診察して治療台へ歯茎に塗る麻酔の後注射の麻酔を打たれました。麻酔の効いた頃『手術?』開始です。先ずはグラグラになった奥歯を抜きます。顔にガーゼを被せられているので何も見えませんが歯医者さん特有の「キーン!」という音と共に私の口の中で「ガリガリ!」と振動が伝わって来ます。5~6分すると「小林さん先ず1本抜けましたよ」声を掛けられます。私は口を開けたまま「アーアー」と返事をしました。「じゃあ親不知を抜きますね♪」と女医さんが言うと先程よりも太い「ブーン!」という音が聞こえ暫くすると明らかに力強く削る振動が「ゴリゴリゴリ!」と口の中でします。少し心配になって来ましたがここまで来て辞める訳にはいきません。今回の様な抜歯は先生にとっては日常茶飯事だよなと自分に言いきかせ先生に任せます。それでも「あれー!」とか「どうしよう?」とか私を不安にさせる会話が聞こえてきます。一向に終わる気配がありません。削ってはグイグイと抜こうとする行為が4~5回となく続き口の中でスポッ!と抜けた様な感触した瞬間「小林さん抜けましたよ♪」と安心した口調で告げられました。その後も20分ほど後処置が続き、全体で1時間弱掛かって私の抜歯は終了しました。抜歯後に抜かれた歯を見せてもらい「持って帰りますか?」と尋ねられましたが持って帰っても誰に自慢する訳でもないので「・・・要らないです。」と遠慮しました。診察の後「麻酔が切れると痛くなるので頓服を出しておきますね!」言われ診察室を後にしました。会計カウンターで会計を済ませ処方箋をもらい近くの薬局へ、ここでようやく『抜歯』が終わった・・・と、ほっとしたことを覚えています。

 私が子供のころは誰もが虫歯になっていた記憶があります。今では高齢者施設や公立の小学校などでは定期的に歯科衛生士の人が来て歯磨きの練習をしたりフッ素体操なるものもあり虫歯予防に力を入れています。先日テレビでヨーロッパの国では国民に虫歯が無く老人になっても自分の歯で物が食べられると放送していました。昔に比べて虫歯になる度合いは減りましたが、それでも私の様に歯槽膿漏になれば歯を抜く事になります。日頃の歯磨きは重要です。毎日の行動が後々の礎になって行きます。私たちの日常、仕事でも日頃の積み重ねが必要不可欠と再認識させられる出来事でした。

【三和新聞】220号

2019-04-30
第220号 青年部ありがとう!そして・・・

writer:  新 妻 吾 郎

 さて!『令和』である。何故『三和』じゃないんだ!?と思ったのは・・・私だけだろう。しかし何の因果か?『令和』最初の三和新聞担当である♪多分、新元号になる前に・・・子供も産まれているんじゃないかなぁ~?と思いつつ、節目の三和新聞!STARTである♪

・・・先々月の3月中旬!私は【豊橋商工会議所 青年部】を卒業した。半世紀も生きて『青年部』で『卒業』もないが・・・コレもひとつの節目として、ゴールテープを切らせて頂いた。会社をはじめ青年部(YEG)のメンバーに深く感謝申し上げる。たった5年間の青年部生活だったが、内容の濃いぃ~経験と時間だった。5年間という年月は~留年した大学生活とドンピシャの5年間・・・感慨深いモノが有り、一生ものの【仲間】も出来た。この歳になって、そんな【仲間】が出来るなんて・・・この上ない幸せである。

2014年に入会したのだが~私は多少の不安や緊張と共に、何か清々しさを感じていた。それは何故か?三和に入社してからは、ずっと『二代目』という~ある意味、呪縛めいたモノ?が解き放たれ『新妻』ではない『吾郎』だけで勝負が出来たからである。・・・解って頂けるかしら?とにかく!ひとつの『重み』をチョイと置いて~入ることの出来た新しい世界だったのだ。ただ『吾郎』で勝負するも豊橋には、とぉ~っても偉い『吾郎さん』という字が全く同じ方がいらして・・・「吾郎ちゃん、なんて呼べないよぉ!」というのが、青年部みなさんの第一声であった。しかし、まぁ~ちょっとしたら皆に呼んでもらえるようになり、ホッとした次第である。ド偉い吾郎さんともお会いする事が出来、今では「吾郎さん!」「吾郎ちゃん!」と呼び合わせて頂いている。

入会後、最初の委員会はビジネス系の委員会で・・・『炎の祭典』や『ええじゃいか』といった継続事業も大変だと思うが、私は単年度事業の【何もないところから何かを生み出す事業】だった・・・思えば5年間、ビジネス系のみの委員会であった!入って2年目、私は事故って死にかけた。そして3年目『広域交流委員会』の委員長を仰せつかったが事故後の体は~まだ思うように動かない上に顔面神経麻痺と帯状疱疹にもなって、はじめてのSTAFF会議は市民病院の病室でおこなった。・・・正直、気力も疲れ果て~副委員長たちに『委員長辞退』を申し出たが、その時のみんなが「辞めないで下さい!」「頑張りましょう!」「必ず!支えますから!」と叱咤激励してもらい・・・なんとか奮起して【東三河大交流会】なる事業を成し遂げることが出来た。今やこの事業は豊川YEGから蒲郡YEGと受け継いで頂き、単年度事業から継続事業となり今年度また豊橋YEGが担当となり・・・チョットしたムーブメントを起こせたようで、嬉しい限りであり同委員会の皆に感謝して止まない。

 また、バイク&サッカー&フィッシングと各同好会に所属し、現役とOBとの垣根が取れた【繋がり】が構築され、豊橋から東三河・・・愛を知る愛知県って、こういう風に動いているのだと納得した。それは街の正面玄関から横丁の奥深さ、そして裏側に至るまで色々な事を多角面的に知る事が出来たのだ。それは【人と人との繋がり】なくしては知り得ない事である。そんな仲間たちを、会社の仲間たち同様!一生大切にして行きたいと心の底から思う次第である・・・・・感謝。  

 さて、話しは~いつもながら?急展開するが~冒頭↑子供も産まれているんじゃないかなぁ~?と書いたが~産まれました♪←えーっ!この書いてるうちに!←ンな事あるかぁーい!どれだけブツ切りに書いとんねーん!←書き直したんじゃーい!と、ひとりボケツッコミしつつも~4月25日!長女ひまりと同様!立会希望ではなかったハズなのに~何故か7時間チョイに渡る分娩室で妻と一緒に、もがき苦しんだ末!51.0cm~3302gの【将吾】と書いて『しゅうご』と読む【宝】が誕生した♪その将吾を抱きかかえた時!またひとつ、私の全身に燃えたぎる【力】も誕生した事は言うまでもない。

【三和新聞】219号

2019-03-30
第219号 目標達成♪
writer: 渡 邉 啓 史

私は以前の新聞でも書いた事がありますが、趣味でマラソンをしています。マラソンで走っている内に段々とマラソンをテレビで観戦するのも好きになり、番組表をチェックしては観ています。そんな中、2017年4月に2020年に開催される東京オリンピック マラソン日本代表選手の選考方法が発表され、新たに【MGC】(マラソングランドチャンピオンシップ)が創設された事により、例年行われるマラソンの主要大会が、より一層盛り上がりを見せています。MGCが導入される前の代表選考方法は、レース内容も気象条件も異なる複数の大会での成績を比較する方式だった為、あれやこれやと物議を醸す事も多かったようで選手や関係者、ファンをヤキモキさせている状況だったようです・・・。

そこで選考の透明性と日本のマラソン選手の実力強化を図る為に『2段階選抜』による新方式のMGCが打ち出されました。各選手たちは、2017年8月から2019年3月までに開催されましたMGC選考レースに出場し、基準タイムをクリアするとMGC出場権が得られます。男子の対象レースは『福岡国際マラソン・東京マラソン』などの5大会あり、2年間で合計10レース有ります。女子は『大阪国際マラソン・名古屋ウィメンズマラソン』など合計8レース有ります。『名古屋ウィメンズマラソン』は、女性限定のマラソン大会として世界最多の参加人数で【ギネス世界記録】を更新しています。完走者にはティファニーのオリジナルペンダントが贈呈されますので、女性の皆様、是非参加してみてください(マラソンに興味のある方は『三和マラソン部』まで連絡くださいね・・・♪)

各選手、どの大会が自分にとって条件があっているのか、どこで勝負をかけるのか!などを分析して大会の臨んできており、どのくらいのタイムで走り、MGCを獲得出来るのかを、毎レース楽しみに観ていました。2年間のレース結果でMGCを獲得出来たのは、男子30名、女子14名の選手でした。オリンピック代表は『3枠』ありその内の2枠は今年の9月に行われるMGCで、東京オリンピックのコースとほぼ同じコースを走り、『優勝者』と『2位』が代表に内定されます。残り1枠は【MGCファイナルチャレンジ】でMGC終了後に国内主要3レースで、設定記録をクリアした最速の選手が代表となります。前の選考方式と違い、『公平差』、『代表条件』が明確になり、選手たちも『事前準備』が出来、また何より視聴者側も今まで以上に楽しむことが出来る様になりました。

MGC【仕事】にはドラマがあり、何回もチャレンジするけど獲得【目標達成】出来ない選手・・・大会に向けてのコンディションの調整不良【計画】や、また気象状況【経済】、転倒や故障【アクシデント】などで実力を発揮できない選手。ペースランナー【お客様・上司】がうまく引っ張ってくれたり、気象条件も良く、レースのかけ引き【技術力・営業力】がうまくいき初マラソンで獲得【目標達成】出来る選手など様々です。しかしその舞台に立つまでには、どの選手も計画や努力や目標を達成するという強い気持ちを持っているんだと思います。基準タイムに数秒足りなかった時の悔しさ!今まで努力してきたけど達成できなかった事の悔しさ!全力を出し切った達成感!など様々ですが、オリンピック代表になる為にはどうしたら良いのか?今自分に足りないものは何なのか・・・日々考え、努力して、目標を達成する為に頑張っているのだと思います。

仕事もマラソンも目標達成する為には同じだと思いますので、日々努力し強い気持ちをしっかり持ち続けて行きたいと思います。ちなみに私の注目選手はやはり地元豊橋出身の鈴木亜由子選手♪2016年リオデジャネイロオリンピックでは、5000mと10000mの日本代表に選ばれ、昨年に生涯初となるマラソンに出場し、なんと優勝!!MGCを獲得しました。何としてもMGCにて代表内定を獲得して欲しいです。皆さんも鈴木選手の応援、宜しくお願いします!!

【三和新聞】218号

2019-02-28
第218号 昔の常識は今の非常識
writer: 杉 浦 秀 幸

春は卒業、入学、入社など様々な旅立ちや出会いがあります。来月には新元号が発表され5月からは新しい時代が始まろうとしています。私事ですが我家の娘も3月で高校を卒業し、4月には社会人としてスタートします。そんな娘は2000年生まれ、いよいよ21世紀の世代が社会で活躍していく時代に突入していきます。時代が移り変わるにつれて私たちの周りの環境は目まぐるしく変化していきます。そして人々はその変化に適応するために日々学び、努力していると感じます・・・。

先日、何気なく見ていたインターネットの情報で『今では信じられない!昭和の常識ランキング』なるものが掲載されていました。勿論そこに書かれていた常識は、昭和の時代では当たり前のように行われていたことばかりだったのですが、平成生まれの娘たちには理解できないことだらけだったようです。特に娘たちが驚いていたのが【公共の場でのたばこのマナー】でした。つい20年程前までは電車内や病院の待合室、学校の職員室などどこでもたばこが吸える環境でした。私たちの会社でも当時はたばこを吸いながら仕事をしている人が多く見られましたし、会議中でも当然のようにたばこを吸うので、部屋中たばこの煙で真っ白ということも日常でした。幼少の頃からたばこの害について学校等で教育を受けてきた娘たち世代にとっては、まさにありえない時代だったようです。しかし今では公共の場所での喫煙は禁止され、職場内でも休憩時間に決められた場所でしか吸えないというのが常識となっています。
また私の趣味でもあるマラソン界においても少し前までは常識だと思われていたことが覆ることが起きていました。それを知ったのはランニングシューズを買い替えようとスポーツショップに行った時のことです。店内で私がシューズ選びをしていると店員さんが声を掛けてくれました。マラソンの話など色々と会話をし、その後に店員さんが勧めてくれたシューズが厚底なものでした。厚底と言えば初心者向け用とかジョギング用に採用されていることが多く、競技用では薄底が一般的でした。私は少し戸惑いながらこのシューズを試し履きしました。履いた瞬間に今まで履いたことのないような感覚になりました。厚底なのにとても軽く、アッパー部分がニット状になっているため足にとてもフィットしました。店員さんの説明によると「厚底になれば重くなる」という不利な面を解消するためにソール部に特殊な軽量素材を使い、さらに反発力のあるカーボンファイバーを組み合わせていることで軽さと推進力が実現しているそうです。履き心地も今使用しているものとはかなり違いますが値段も他の商品と比べて2倍以上しましたのでその日は買えず諦めて帰宅しましたが、あまりにも履き心地が良かったのでインターネットで検索したところ、日本新記録をマークした大迫傑選手が使用しているシューズと同じ仕様でした。
そこには靴の性能と共に日本のマラソン界の常識を打ち破る新たな走り方『フォアフット走法』についても書かれていました。従来日本では、かかとから着地する走法のほうが足に負担がかからないとされてきたのですが、最近の研究ではつま先から着地するフォアフット走法のほうが体の負担を小さくできることが分かってきたのだそうです。また今年の箱根駅伝の多くの選手たちはこのシューズを採用していました。選手たちにあったシューズを開発することで記録も伸びたそうです。私はあの時履いた履き心地が忘れられず、先日シューズを購入してしまいました。あとはきちんと練習して結果が出るように頑張るだけです。
時代は常に変化していきます。そしてそのスピードは年々速くなっているように感じます。変化しても良いものや必要とされるものは受け継がれています。また新しく便利なものは活用されていきます。仕事においても大切な技術は継承し、便利なツールを活用していくことで効率が良くなりもっと技術カが上がると思われます。そのため私たちはその変化に柔軟に対応できるように常にアンテナをはっていなくてはなりません。【昔の常識は今の非常識】になることもあるものだと意識しながら日々一歩ずつ目標に向かって進んでいけば何十年後の成長につながっていくと思います。

【三和新聞】217号

2019-01-31
第217号 くうねるあそぶ
writer: 太 田 敏 浩

今月が私の平成最後の三和新聞の記事になります。【平成最後の】は最近メディア等でよく耳にしますが、ようやく自分で使う事が出来ました。さて、今回は愛犬ニコの話です。ニコは2016年5月11日生まれのオスのミニチュアピンシャーです。口角がニッと上がった表情から『ニコ』と名付けました。体型は一般的にドーベルマンをそのまま小さくした様な感じですが、ニコは何故か首と足が短いずんぐり体型に育ってしまいました。愛犬と飼い主は似るといいますが、顔は似ても似つかぬイケメンなのに体型が似てしまう所にDNAだけでは説明出来ない見えない力を感じてしまいます。ミニチュアピンシャーは事前情報でとにかくヤンチャで手に負えないので、初心者には向かないとは聞いていましたが、小型犬だからと高をくくっていました。しかし家族に迎えたその日から想像を絶するニコとの激しい闘いが始まったのでした・・・。

ニコはとにかくイタズラが大好きです。ニコにとっては遊びなのかもしれませんが・・・。興味を持った物は届く所に置いてあると、とにかく齧(かじ)ります。そして前足で押さえて引きちぎります。咥えた物をブンブン振り回して放り投げます。ポケットに入れてあっても鼻先を突っ込んで取り出します。リュックのファスナーの合わせ目をグイグイ押してこじ開けて中身を取り出します。ワンプッシュの開閉扉付の靴箱は扉を前足でワンプッシュして開けます。これまでに被害にあった物をざっと紹介します。レンズが割れてフレームが千切られた【メガネ】。角が齧られた【皮財布】。噛まれてボコボコにされた【カード】。ページが引き裂かれた【犬のしつけ本】。靴ひもの齧られた【革靴】。ゴミ箱をひっくり返して紙を引き裂き、床いっぱいにぶちまかれた【部屋】。その度に唖然とさせられてきました。でも全てはニコが届く所に置いてあった事が原因であってニコが悪い訳ではありません。大切な物は高い所に置く。柵で囲って入れない様にする。といった対策をしてからは被害も落ち着いてきました。しかし、ニコはいつも『その時』を狙っています。そしてニコには驚異的な身体能力が備わっています。高い所に置いてあっても端に置いてあれば、ジャンプの最高到達点で鼻先をスッと伸ばして獲物を捕らえます。失敗しても諦めないガッツがあります。捕らえるまで何度でも何度でも飛び続けるのです。

更に食べる事が大好きです。朝ご飯をお皿に入れた時に一粒が柵の向こうに落ちた事を察知しています。朝ご飯を食べてから部屋を離れたとしても部屋に戻ると、朝ご飯の一粒を前足で柵の中に入れて探ります。ヒットしないと柵の中への侵入を試みて入り口をあちこち探します。鉄壁の防御で侵入を阻んでいるつもりでも何処かに綻(ほころ)びがあると侵入して餌をゲットするのですが、それだけでは満足せずに柵の中を荒らして去って行きます。そして夜、眠くなると上手に毛布に包まってイビキをかいて眠るのです。常に全力で生きるニコとの闘いはこれからも続きますが、その全力さが毎日の生活に活力を与えてくれています。

皆さんは【くうねるあそぶ】という言葉に聞き覚えはありますか?【食う寝る遊ぶ】を繋げたこの言葉を2年半前に家族として迎えたニコにピッタリな言葉だと思っていたのですが、ふといつ聴いた言葉なのかと検索してみると、昭和の終わりから平成の始まりに放送されたテレビCMの一節でした。コピーライターの糸井重里さんが高度経済成長の後に【食う寝る】に【遊ぶ】を加えたい思いから出来た言葉のようです。今年は4月で平成が終わり新年号が始まると共に働き方改革元年となります。30年経って仕事のツールは変化して便利になりましたが、効率に目を向けた仕事運びが出来なかったように感じます。仕事の中にも【あそぶ・遊び心】を持ち合わせながら、何かを変えてみる事が大切だと思います。そろそろ老眼と物忘れが始まった自分としては、若い人達の新しい発想を期待しています。それを上手に制度化するのはおじさん達の役割です。試行錯誤しながら、【働き方改革】を実現していきたいですね。

【三和新聞】216号

2018-12-31
第216号 平成と共に・・・
writer: 彦 坂 訓 克

 あけましておめでとうございます。本年も昨年同様よろしく申し上げます。いやぁ~毎年毎年感じることですが・・・1年経つのが、やったら早いと思いませんか?しかも年齢を重ねていくほど強く感じるのは私だけでしょうか?『過ぎた時間は戻らない』とは解っているのにいつも時間に追われ、そのうち『追い越されて』しまいそうです。昨年を振り返れば、三和機工全体として良い成績を残せることが出来て、とても楽しい忘年会で締めくくれたのではと思います。その忘年会で我が量産製造部は、一丸となってのダンスを披露しました。正直始めは巻き込まれた感が強かったのですが、いつしかのめり込んでいく事となりました♪

 日々の地道?な合同練習(私は練習不足で迷惑かけましたけど)の成果もあって、量産製造部は一体感をもって1年の集大成!を披露出来たのではないかと思います(完成度は別?私やっちゃいましたけど・・・)本当に楽しい忘年会を皆さんと一緒に過ごす事が出来、とても良い年越しを迎えられました。今年の忘年会も昨年以上に盛り上がれるように皆さん頑張っていきましょう!(今から今年は何するのかドキドキです。)さて昨年は、何かと『平成最後の○○』とのワードを耳にしましたが、この年明けも平成最後の正月ですね。30年続いた平成も4月30日までとなり、5月からは新元号!一体、どんな元号となるのでしょうか?

 私にも平成と同じく最後となることが実は有ります。それは『さらば40代!』いよいよ50代の大人の仲間入りです。40歳半ば頃に、超ヘビーだった煙草をやめることができ、世間で言われるように一気に太るかと思いきや食事は昼食のみ、朝は食べず夜は酒だけ・・・そんな不健康な生活を続けてきたお陰で?痩せず太らずでした。しかし!若い時にはカァ~ナァ~リ好き嫌いが多かった私も歳のお陰か?最近では何を食べても美味しくて、ついバクバク食べてしまう生活に変わってきてしまったお陰で?10kgほど太ってしまいました!お恥ずかしい話ですが、はじめは自分で太ってきている感覚など全く無く、なんでお腹だけポッコリ!?なんなんだ!この腹?これは絶対、何かおかしい!と思い込み、病院へ行って相談までしました。医者はそんなに気になるならCT撮ってみる?と言われ紹介状を持ってCT撮影。・・・結果は、ただ太ってお肉が付いただけぇ~でした。医者が「特に異常はないですよ!」って『あんた、ただ太っただけですよ!』と、言いたげな感じタップリで・・・とても恥ずかしい思いをしたものです。・・・思い込みって怖いですね♪

 そして我が愛息も新たな年となります。小学生の頃のことですが、遊具から落下し泡吹いて気絶!救急搬送されICUへ。この時だけは本当に焦ってしまいました。慌てて病院へ駆け付けて、息子が初めに放った言葉が「お腹減った!」「はあ?」・・・さすが、我が子です。いつかの新聞記事にも書かせて頂きましたが、今でも家では冬でも、ほぼパンツ一丁スタイルは変わらずです。こんな息子も今年で成人の仲間入りとなります。もう二十歳、本当に時が経つのは早いです。

 新年を迎え私の今年のテーマ(目標)として、これまで殆ど『運動』ということに縁がなかった自分ですが、少しずつでも体を動かし!先ずは、この腹を~へっこめる!この腹が、趣味の釣りでリールを巻くときに手がポッコリお腹に当って魚のあたりを感じるより腹にあたる感じが邪魔してしょうがないのです。次に最近ではなかなか話すどころか、顔を合わす事も少なくなった息子と、あの心配させられた『いつか』を肴に、旨い酒を酌み交わしたいです。そして一番のテーマとなりますが、私は物事をスグ後回しにしてしまうすごく悪い癖があります。いつもこれをやってから、あれをやってからと。今までも、この『悪癖』のせいで仕事にせよ、プライベートにせよ、ギリギリでの対応を余儀なくされてきました。冒頭にも書きましたが、これからも年を重ねる毎に時間が経つのが早く感じる事で時間に追われる事が更に増えていく事でしょう!このままでは、時間に追われるだけでなく、本当に時間に『追い越されて』しまうかも知れません。『過ぎた時間は戻らない』私の人生もすでにカウントダウンが始まっていると言った方が近いかもしれませんが、新たな年(時代)に50歳を迎え、後回しにしてしまう悪い癖を直し!時間に追われ、追い越されないように良き50代のスタートを切りたいと思います。

【三和新聞】215号

2018-11-30
第215号 50ちゃいパパ父たん♪
writer: 新 妻 吾 郎

 もう『師走』へ突入である。月日は、アッという間に~坂を転げ落ちるようだ・・・が!今年、私はメモリアルイヤー♪満50ちゃいになってもぉーた!かの日本一の兵(つわもの)・真田幸村より、軍神・上杉謙信より!天下人・織田信長よりも!(皆、享年49)・・・彼らより長生きして、私はいったい何を成し得たのだろうと思いふけるが・・・偉人達と比べちゃアカンか。いや、アカンと思った時点で、負けで~それもアカンか。まぁ~さて今回は、そんなメモリアルイヤー50ちゃいの2018年を振り返ってみようと思う。あと、1ヶ月あるけれども・・・

 今だから話せるが、今年の初めは愛娘ひまりが何度も倒れて・・・参った。KOパンチでも喰らったかのように突然バターンと倒れる。前のめりに倒れ込んだり後ろにも。いきなりラーメンの丼ぶりに顔を突っ込んだり、風呂にうつぶせでプカーッと浮いてる時は流石に生きた心地がしなかった。てんかん発作なのか?病院で脳波や私の大嫌いなMRI検査もした。まだ2ちゃいだったので、ジッとしていられる筈もなく軽い睡眠薬の投与で昼寝もさせず~なんとか寝てくれと・・・。検査結果は『異常なし』異常が無くて1日7~8回も倒れますかと。不安を抱えながらも、縁(ゆかり)の有る南の島へ連れて行ったらパワースポットなのか?ピタリと倒れなくなった!帰ってスグ病院へ行っても、治った要因も『原因不明』&『人間の神秘』・・・とにかく、今現在は何事もなく~ホッと胸を撫で下ろした次第である。

 私の誕生日は7月11日のセブンイレブン♪7月10日(納豆の日)から8度目の富士山頂を目指した。事故ってから4年ぶりの富士登山、体力は大丈夫だろうかと不安もあったが一歩ずつ、一歩ずつ・・・噛み締めながら登り切り~7月11日セブンイレブンの御来光を全身に思いっ切り浴びて~思いっ切り疲れ果てて漏電。←充電しろよ。しかし、まだまだ行ける!と確信した。そして、北へ南へ東へ西へとバイクを走らせ日本全国を巡り廻った。夏の超猛暑日に商工会議所の青年部YEGサッカー同好会の全国大会が千葉県の柏であり30分ほどだったがピッチにも立てた。バイク同好会もフィッシング同好会も活発に活動参加し、日々『愛を知る県』の愛を知らされている。感謝。

 小学校から一緒で、高校ではバンドも組んだ仲間が今年の3月に逝ってしまった。本当にショックだった。三和で働いてくださった方も、バイク同好会の仲間も~バイク事故ではないが亡くなってしまった。家内の御祖父様も、つい先日・・・ご逝去された。本当に哀しい事ばかりだ。そして『死に別れ』も哀しいが『生き別れ』も哀しい。今年は【人】が本当に動いた年だ。売り手市場でもあるから出入りが激しい。若干『出』の方がウェイトは大きいか。とかく目移りする物に惑わされず、コレと決めたら一生!誇りを持って仕事を成し遂げる事が人生の幸せだと私は思う。大切な仕事仲間と仲間のご家庭までひっくるめて、みんなで力を合わせて!手と手を合わせて『幸せ(しわ合わせ)』になりたいと心から思い、願い、動いている。また各地、地震や豪雨そして台風による災害も多かった年でもあった。ウチも台風21&24号の直撃により停電、会社休業を余儀なくされた。地球全土で異常気象、地震・津波・タイフーン・・・地球自体が怒って、限界を迎えているかのようだ。私たちも台風のように予測がつくものと東海地震や南海トラフなど、いつ襲い掛かってくるかも予測し得ない天災に備えなければならない。色んな角度から苦難は続く。終わりは見えないが・・・ひとつ、またひとつと捌き切って生き抜いてゆかなければと心底思う。

 愛息の勇吾だが今年の1月に会った時、中2で既に背を抜かれていた。足は28cm・・・私、27.5cm。そして10月の半ば、中3剣道の試合で愛知に来たので会ったら、また一段とデカくなっていた。中学全国大会で準優勝し、頭は悪いが~剣1本で高校も剣道推薦で行けるようになり道を切り拓いた~更に!私と同じ『東海大学』付属の高校を選んでいた。猛烈な嬉しさと共に~今、親子喧嘩したらコイツに勝てるだろうか?とアホな事も考えていた。そして、ひまりも3ちゃいになり七五三祝いをした。そして~そして!ここで私事ですが↑ほぼ私事しかお伝えしておりませんが・・・今、家内のお腹に5ヶ月の生命を授かった事をお伝え致します♪・・・ひとつの命を宿すのに父たんマジで命懸け(汗)。単純計算で、この子が成人するまでに私は70 overであり、体の衰えに負けぬよう気力で『働き方改革』ならぬ『働き続ける方~改革』発動中。・・・少し早いですが、良い年をお迎えくださいませ。

【三和新聞】214号

2018-10-31
第214号 備えあれば憂いなし♪
writer: 菅 沼 稔

 朝夕すっかり涼しくなり収穫の秋を迎え、食べ物の美味しい季節となりました。秋と言えば私の趣味である釣りのベストシ-ズンなのですが、今年は何故か台風が週末に向けて日本にやってくる事が多く、私のホ-ムである『遠州灘』はいつも荒れており、なかなか釣りに行く事ができずにフラストレ-ションが溜まっております。『遠州灘』とは静岡の御前崎から愛知の伊良湖岬までの海域で、ウミガメが産卵に訪れる浜辺としても有名ですし、サーフィンの国際大会なども開催しているマリンスポ-ツのメッカでも有ります。とても綺麗な砂浜ですので、ぜひ訪れてみて下さい♪

 ここ最近は毎年のように異常気象だの猛暑などと騒がれており、何処かしらで最高気温を更新したというニュ-スをよく耳にしました。そして今年は台風の当り年!8月だけで8個も発生しており、実に14年ぶりの事だそうです。この9月にも大きな台風が2個、東海地方に上陸しました。どちらも日本列島を縦断し各地に多大な被害をもたらしましたが、私の住む『愛知県豊橋市』では9月末に発生した台風24号により10万戸以上が停電となり復旧に4日以上かかる所も有りました。突然の停電に懐中電灯すら準備していない我が家は大慌て!数年前に用意したはずの防災グッズが何処にあるか分からない・・・。スマホの明かりを頼りにやっと見つけた防災リュックの中では懐中電灯・サイレン・自家発電機能を備えた多機能ラジオも電池の液漏れを起こしている有様・・・。そんな中、懐中電灯も不足しており暗かった室内を長男がおもむろに空のペットボトルに水を入れて懐中電灯で照らし簡易ランタンを自作、部屋全体が明るくなり重宝しました。その役は私がやって家族から「お父さん!頼りになる~♪」なんて言われたかったなと思いつつ、成長した息子を頼もしく思いました。幸いにも我が家ではガス・水道が使えましたので、トイレと食事は事なきを得ましたが、電気が使えない事がこんなに不便なのかと痛感するとともに、防災時の【備えの大切さ】・・・身をもって感じました。

 さて、台風もさることながら災害で怖いのは【地震】と【津波】です。発生から進路・規模を天気予報で知る事が出来きる台風と違い、これだけ科学が発達した現在においても地震の発生予測は難しく事前に備える事ができません。ご存知の様に日本は地震大国。ここで少し地震のメカニズムをご紹介すると地球表面は厚さ100kmほどの巨大な岩盤プレ-ト10数枚に覆われており、このプレ-トは地表を覆っているだけではなく、プレ-ト自身が少しずつ動いています。折り重なるプレ-トが少しずつ動くことによって生じた歪(ひずみ)が限界を迎えた時、元に戻ろうとして反発する力が陸地に伝わり地震が起こるのだそうです。そして世界に10数枚しかないプレ-トのうち4枚が周りを覆っている日本は、いつ地震が起こってもおかしくない場所なのです。記憶に新しい所で言えば今年9月に起こった『北海道胆振東部地震』(ほっかいどういぶりとうぶじしん)、2016年の『熊本地震』、少しさかのぼって2011年の『東日本大震災』での地震による津波被害の映像は、まるで映画でも見ているかのようで・・・現実とは、とても思えませんでした。

 この東海地方では100~150年周期で起こると云われている『東海大地震』や『南海トラフ大地震』がすでに100年以上発生していないとの事で、30年以内に巨大地震が来る確率が70%以上とも云われています。各地で発生している大地震を【対岸の火事】と思わずに、そして自然災害のみならず、目まぐるしく変わる社会の中でいつか起こるかも知れない『リーマンショック』の様な経済の大地震にも耐えられるような準備と備えをして、大事な会社と何よりも大切な家族を守って行きたいと思います。

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