Archive for the ‘三和新聞’ Category

【三和新聞】208号

2018-04-29
第208号 春の風物詩
writer: 太 田 敏 浩

 地域ごとにそれぞれ春の風物詩があると思いますが、私の地元の風物詩といえば『ワカメ拾い』です(我が家でのみ風物詩扱いかもしれません)。私が子供の頃は、ワカメは自治会の貴重な収入源で、村中の大人が海に入ってワカメを収穫しトラックに載せて売りに行くという一大イベントでした。今では行事も無くなり、ワカメは自治会の『口開け』の合図を皮切りに個人での収穫を行うようになっています。私の父は毎年のワカメ取りを楽しみにしていて、『口開け』までの間、海の高台からワカメが群生しているところに狙いを定め、『口開け』の合図を、まさに口を開けて待っている人でした。寄る年波には勝てず、最近は海に入ることは無くなりましたが、浜辺に寄ったワカメ拾いは毎年の春先からの楽しみのようです。そんな海好きDNAを引き継いだ私ですが、これまで海に執着することなく生きてきたのですが・・・。

 私は昨年から毎朝、犬の散歩で足腰の鍛錬も兼ねて浜辺を歩くようになりました。冬の早朝は空っ風が身に沁みますが、浜辺に出ると北風は防風林に遮られ意外と快適です。そんな2月の初め頃、浜辺に流れ着いた小さなワカメを見つけ、拾って家に持ち帰りました。新ワカメは香りが若々しく、朝の味噌汁にうってつけですので家族にも喜ばれます。それからワカメを見つけると拾って帰る様になり、2月から3月へと月日が移るにつれ、日によっては驚くほど大量なワカメが流れ着くこともあり、ビニール袋をポケットに入れて散歩するようになりました。やがて持っていくビニール袋が一回り大きくなった頃、ワカメ拾いが朝の散歩の目的に変わっていました。その頃になると浜辺に寄ったワカメを狙うライバルも登場し始めます(主に、早起きお爺様&お婆様)。ライバルに負けじと日の出が早まるに従って目覚まし時計の設定時間も早まっていきました。次第に日の出前の薄暗い浜辺でも他の海藻の中からワカメを認識できる能力が備わっていきました。3月も終わりになるとワカメのシーズンも終わりに近づき、手ぶらで帰る日が一週間続いたりします。そんな4月の早朝、砂浜に大量のワカメが流れ着いている日がありました。4月のワカメは大きく成長して1本が2メートルを超える大物です!出勤前の朝から大汗をかきながらワカメを拾い集める自分はすっかりワカメ拾いにハマってしまったようです。今では家族に「もういらない!」と言われても拾わずにはいられなくなってしまいました。ワカメ拾いは私の仕事となり、今年の父はワカメ拾いに行っていません。今後の我が家でのワカメ拾いは私で定着のようです。

 つい最近、休日の昼間に犬の散歩で浜辺に出掛けてみると大潮で潮が引いて、いつもは海の中に隠れている岩場が海面から現れていました。岩にはぎっしりと付いたワカメが確認できます。今までせっせと拾っていたワカメは氷山の一角に過ぎなかったのです。お釈迦様の掌の孫悟空の気分ですが、ワカメの多い岩場に目星がついたので来年のワカメ拾いが今から楽しみです。

 楽しい時に脳内で分泌されるのが『やる気ホルモン』の『ドーパミン』です。ドーパミンはワクワクしたり、成功したりすると分泌される脳内伝達物質です。ワカメ拾いに一喜一憂している時、私の脳内ではドーパミンが盛んに分泌されていたことでしょう。仕事においても『探求心や想像力』を持ち続けることでドーパミンが分泌されてモチベーションや集中力が高まり、より良いモノづくりに繋がっていくと思います。今話題の『働き方改革』や『生産性の向上』にも一役買いそうですので仕事の中にワクワクを見つけることが大事だなと思います。

 以前、お客様との会食の席で「太田さんは何か作りたいものがありますか?」と問われたことがあります。その時は、その問いに答えられませんでしたが『モノづくりの楽しさ』ってそれなんだなと、すごくハッとさせられました。仕事に追われながらも『モノづくりは楽しい』という原点を忘れずにいたいものです。そしていつか!三和の『愛DEaBOX』にみんながワクワクするようなアイデアを投函したいですね♪

【三和新聞】207号

2018-03-30
第207号 Let’s cooking♪
writer: 菅 沼 稔

 寒さも和らぎ、今年もあっという間に4月となり進学のシ-ズンです。我が家の次男坊もこの春、中学を卒業し高校に進学します。「将来どんな仕事に就きたいの?」と聞くと返ってきた答えは『You Tuber(ユーチューバー)』でした。このところテレビでもたまに見かけるSNSに動画を公開して広告収入で生活している人達の事です。最近は中学生の【将来の夢ランキング】でも上位になっており、中には年収1億円以上を稼ぐ人もいるようで・・・情報社会が生んだ新しい職業です。そんな次男坊の受験シーズンの真っ只中に私、インフルエンザに罹(かか)ってしまいました・・・。

 毎年のようにインフル流行は訪れるものの幸いにも自分がなることが無かった為、油断していたのか?はたまた体力が落ちたのか?実に13年ぶりのインフルエンザでした。受験前の次男坊に移すワケにはいかない為、完全隔離を徹底し家族との連絡はスマホの『LINE』で行い、食事等の運搬係りは既にインフル完治の長男の役目!発熱中は奥さんとも顔を合わせていません。そんな隔離の最中、スマホで料理について勉強しておりました。実は最近少し・・・料理にハマっているのです。

 キッカケはコンビニのアルバイトに出掛ける妻に代わって日曜日の夕飯が私の担当になったことです。これまでも休日のお昼に子供達の為にチャ-ハンや焼きそばを作って奥さんのご機嫌を取ることは有りましたが、手の込んだ料理は皆無でした。しかし最近はスマホのアプリで検索すれば沢山の料理レシピが出てきます!私が知っている料理アプリといえば『クックパッド』くらいでしたが調べると色々なアプリがあり、今一番のお気に入りは『クラシル』というアプリです。これは料理レシピを早送りの1分動画でとても分かり易く紹介しており、凝った料理レシピに有りがちな聞いたこともない調味料や食材が無く!冷蔵庫の残り物を簡単に美味しくする事をコンセプトにしていてユーザ-の心をしっかりと掴んだアプリだと思います♪

 さて、先ほどのインフルエンザ療養中にスマホで【低温料理法】なるものを発見しました。これは料理研究家の『水島弘史シェフ』が提唱する料理法で、強火で調理するのが当たり前と思っていた野菜炒めやチャ-ハン等を低温で仕上げるような・・・これまでの常識を覆す!目からウロコのレシピを科学的な根拠に基づいて紹介しており、非常に興味を惹かれたので試してみました♪色々と紹介されているのですが、今回は自分が実際に試してとても感激した!低温加熱法の『寄せ鍋』について紹介したいと思います。

 まず始めに出汁を取るのですが、鍋に張った常温水に肉や魚の具材を入れ、弱火で65℃になるまで加熱し5分程この温度を保ちます。常温の水からゆっくり火を通すことで具材の旨味を最大限に引き出し、同時にアクや臭みも取り除ける様です。この後、具材を全て取り出してから90℃まで加熱して出汁を漉(こ)すのですが、この時!ビックリする量のアクが鍋底に張り付いています。これに塩味をつければ出汁は完成です。後はきれいに洗った鍋に出汁を戻して火を点ける前に野菜・キノコ・先ほど出汁を取った肉&魚すべての材料を入れて弱火で80℃まで加熱したら火を止め、蓋をして20分で完成です♪弱火でゆっくり加熱することで野菜の細胞を壊すことなく旨味を閉じ込められ、野菜本来の味をシャキシャキ食感で味わえるのです。ポイントは温度で、ゆっくりの加熱と沸騰させないことが重要なので私は温度計を買って理科の実験の如く!チャレンジしてみました♪肉も魚もプリプリ食感でポン酢をかけても良いのですが、出汁がしっかり出ているので塩味だけでとても美味しく!お勧めで~お試しあれです♪

 その他にも紹介されているレシピのどれもこれもが斬新で、一見『眉唾?』な調理法にも感じますが、味については試す価値アリです。さて、ここで話しは急展開ですが!仕事においても経験や知識が蓄積されるほど【固定観念】に縛られて物事を考えてしまいがちですが『物事の本質をしっかりと見極め』尚且つ、冒頭の『You Tuber』のように時代の波に乗れる様な【新しい道】を模索し、精進して参ります。

【三和新聞】206号

2018-02-28
第206号 続ける挨拶
writer: 彦坂 訓克

 今年の冬、17日間の大イベント。世界から集まった冬のアスリートたちが、金メダル獲得に挑み、日本選手団が獲得したメダル数も過去最多となった『平昌オリンピック』の幕が下りましたね。数多くの感動と興奮を与えてくれたオリンピックでしたが、今年の春は我が家でも感動と興奮のイベント?が有ります。一人息子が無事に高校卒業となり、4月からは【専門学校生活】が始まるのです。皆さんがこの記事を読む頃には卒業式を終えていることにはなりますが、またひとつ大人の階段を登るぅ~♪息子の成長をしっかり見届けたいと思います。(歳とったな~・・・)今回はそんな一人息子の【親ばか】思い出話をしたいと思います。

 私は子供の頃の育った所から離れていないので息子も自動的に幼稚園・小学校・中学校は私の母校と同じでした。高校についても進めた訳では無いのですが、当時の私と同じ様なことに興味を持ち、私の母校で(本人に言わせれば)勉学してきたそうです・・・。そんな同じ道を歩んできた息子も早いもので、もう18歳。何か特異な事が有るわけではないですが、挨拶はしっかり出来、人を思いやれる素直に育ってくれて良かったなあ~って安堵しています。(超親ばかです!)そんな素直な所は家内あっての事だと思っています。当たり前?かもしれませんが、家内は機嫌が悪そうな時でも朝は、【笑顔】で「おはよう!」出掛ける時には「行ってらっしゃい!」帰って来た時には「お帰り。お疲れ様~♪」と、必ず毎日挨拶を私や息子にしてくれます。欠かした事の覚えは有りません。私も息子が小さい頃から帰宅すると家内と息子に「ただいま~♪」息子の返事が無い時は「ただいま~!」「ただいま~!!」返事が有るまで言い続けた事もありました。そんな事で今では、朝は寝起きでぶっきらぼうの時が多いですが「おはよう~」私の帰宅が分かれば部屋から「お帰り~、お疲れ様~」と【癒しの声】がいつも聞こえてくるようになりました。

 若気の至りですが?私も子供だったな~(言い訳ですが・・・)息子に対して今でもすごく反省している事がいつも思い出されます。それは幼稚園に入った頃に『目覚まし』を頼んだ事が有りました。時間になると家内に言われ息子が「父ちゃん!時間だよ!起きて♪」って、起こそうとして私の顔を手でパンパン叩いてきました。その起こし方に何だがすごく怒りを感じてしまい、私はガバッ!と勢いよく起き、息子に「コラ~!てめ~!もっと違う起こし方できねーのか!!」って2~3発、ビンタってしまいました・・・。息子としては頼まれごとをしたのに怒られ、何が起こったか?何が悪かったのか?分からなかったのでしょう。泣くことも忘れ、顔面蒼白!固まっていました。とっても怖い思いが、もしかしてトラウマに?未だに「起こして~♪」って気軽に頼んでも絶対にこれだけは断られてしまいますし、私が寝ている近くでは、起こさない様にとても気を遣っているらしいです。(とても素直に育ってくれました・・・)

 また、一人でお風呂に入るようになった頃の話ですが、どちらが先に入るかで息子が先に入る事となり、私も早く入りたかったのですが、なかなか息子がお風呂から出てきた気配が有りませんでした。私は、しびれを切らし風呂場の様子を見に行くとなんと!息子はすでにお風呂を上がって自分の部屋に・・・「おーい。ちょっと来い!」息子を呼び出し「人が待っているのに出たら『出た!』ってちゃんと言わんとわからんだろ!!」「待ってる方の事もちゃんと考えろ!!」(この時は1発もビンタって無いですよ・・・)次の日からは、自分がお風呂入るのが最後だとしても、(私が不在の時でも)必ず毎日いつも「お風呂出たでね~」っと言って、教えてくれるようになりました。

 4月から新たな学校生活が始まりますが、家の中と同じように挨拶をしっかりして人を思いやり、大いに学び進んでこれからの人生に活かして欲しいと思います。

【三和新聞】205号

2018-01-29
第205号 バラエティ
writer: 小谷野 一彦

 先日、私の父(84歳)が車の運転を誤り、縁石に乗り上げる事故を起こしました。幸いにも人を傷つける事故ではありませんでしたが、少し道路を塞ぐ形で動けなくなったため、警察が交通整理をしなければならないほどの大ごとになってしまいました。父からの電話で現場へ向かうと警察の方から声をかけられました。事故ではないため聴取というよりは免許返納を進めるお説教でした。「色々と事情があるとは思いますが高齢者の事故が多いので、ご家族の方からシッカリ免許返納を進めて下さい!」その時期が近づいていると理解していましたが、これを機に警察の方が言われた通り免許返納を父にすすめることにしました。父を呼びその旨を伝えると、素直に承知してくれ「色々迷惑かけたな、すまん。」と免許を渡してくれ、私は「お疲れ様でした。」と返そうとすると、涙で言葉が詰まってしまいました。事故の心配や不安は無くなりましたが、家族にとって生活スタイルが大きく変わる出来事となりました。どう変わっていくのかは見当もつきませんが、家族とはその都度考えていこうと話しています。

 話は変わり、そんな出来事のあった夜、録っておいたバラエティ番組を見ると『元SM●PのN氏』が今年3月に番組終了が決まった出演者さん達にこんな話をしていました。「コンサートやお芝居などはクランクアップや千秋楽など必ず最初から最終日があり、その最終日に向かって全力を出して行きますがバラエティ番組は最終日がなく、逆に最終日がこないように番組を作って行くものなので終了が来るこということは残酷だ・・・」と。会社に置き換えると歌やお芝居は、納品検収を目指した専用機の進め方で、量産は継続仕事として日々の生産を行うので、バラエティに似ているなと感じ【バラエティ】を少し調べてみました。元々バラエティの語源はラテン語の『まだらの』を意味した言葉で『種々の多様な』となり『変化があること・多様性』という意味で使われるようになったとありました。(日本では『バラエティ=お笑い』もあるよう。)2014年3月末で終了した『笑っていいとも』は皆さんご存知だと思いますが、この番組は32年間続いた長寿番組で歌・トーク・ゲーム・クイズなど、番組内コーナーも多種で、出演者も司会・アシスタント以外レギュラー人は曜日ローテーションで毎日変わっていました。バラエティ(変化、多様)の王道をそのままいった番組でした。ただし、王道だけで32年続けることは不可能だと思い、もう少し考えてみました。バラエティに反し32年間変わらなかったコーナーがあります。それは『テレホンショッキング』です。ゲストは毎回変わっていましたが初回の桜田淳子から始まり、最終回(8054回)ビートたけしまでずっと続き『タモリとトークする』という内容も変わりませんでした。(ゲストを呼ぶスタイルは少し変わったようですが)明石家さんまとのトークコーナーやゲーム・クイズのコーナーはどんどん内容も変えているのに『変えないもの』があったのです。何故変えなかったのか、勝手な解釈ですがタモリが『一番やりたいこと、得意なこと、楽しいこと』だったのではないでしょうか?

 今年に入り【変化】というキーワードを会社で何度も耳にして頭に残っていましたので、前号に書かれていた変化について私も考えてみました。変化には色々あり【自分で変えられるもの】これは良い方向にどんどん変える、人を介してでもどんどん変える、変化をさせていくことでドンドン成長し人生を豊かにすることが出来ると私は思います。【自分で変えられないもの】これは親子の関係や他人の性格(笑)などで、変えることが出来ないと思うことは諦めて自分自身の気持ちを変化させてそれを受け入れる。『諦める』とはマイナスイメージがあるかもしれませんが、私は気持ちを切り替える意味で必要なものだと思っています。【変えてはいけないもの】私の場合は『負けん気、向上心』と私の性格(笑)そして何より自分を大切にすること、ここが『テレホンショッキング』のポイントの【継続】に必要なことだと思います。

 無趣味だった私が30歳を過ぎて趣味を持つようになりプライベートも随分と変化してきました。『ゴルフ』のポテンシャルはあると言われたことがありますが、残念ながら実力がなく相変わらず3ケタを打ってしまいます。『弾き語りギター』はちょくちょくライブハウスで演奏させてもらいますが緊張のあまり手が震えているため、それをからかわれて遊ばれています。また『マラソン』『自転車』ときには『塗り絵』にも挑戦してみました。どれも人より抜きに出るような才能はありませんが運よくこんな私でも受け入れてくれる仲間に出会い、その仲間との会話はそれぞれの趣味の話が中心なので私にとって楽しく【バラエティ】に富んだ【変化】のある会話となっています。それに加えて私には変わらず使える【色黒鉄板ネタ】があり、とりあえずの笑いもとれるため皆さん私に飽きずに仲間でいてくれているのかな?(笑)

【三和新聞】204号

2017-12-31
第204号 120%の変化♪
writer: 新妻 吾郎

 明けましたネ~おめっ!ことヨロで御座います♪←省略御免。この御挨拶を半年ほど前にした気が~もう1年!・・・早いモンである。さて、私は今年~満50歳。人生50年と云われた時代なら~もうソロソロ『お呼び』が掛かる頃合い・・・若干3年ほど前に掛かりかけたが・・・。そして、話しはズレるが~私が『私は、もう大人だ!』と初めて思ったのは9才から10才になる時である。今日から大人だ!と思った、セブンイレブン(7月11日)誕生日の朝!登校途中の太陽に向かって目をつむり・・・深ぁ~く息をして瞼に映る真っ赤な色彩と陽射しの温度を感じながら~カッ!と目を見開いた時!『俺は、今日から大人だ!』と思った事を今もハッキリ憶えている。(昨日の事も忘れるくせに。)さて、何故に9才から10才が大人なのか?それは単純に年齢が一桁から二桁になるからである。三桁になる事はそうないだろうと思ったが、近年~医療進歩により三桁までの『超大人』の方も増加傾向だとか・・・。次に、私が『もう大人だ!』と思ったのは16才の時!原チャリで公道を走った時であり~大人(社会)と同じルールに立ったからである。まぁ~正確には「ぬぅ~すんだバイクで走り出すぅ~♪」15の夜だったかも知れない・・・。

 『三つ子の魂百まで』古来から伝わる格言によれば~人の成長は生まれて3年の間、脳内を含む体の細胞分裂スピードが尋常ではないスピードで急成長し、その時の育ち方や環境が作り出す心の『木の根っこ(根幹)』のようなモノが形成され年輪を重ね、性格・能力・あらゆる『人間力』が生まれ育ち、人生を築き上げていく・・・ようである。(ザッと簡略したが、この話題だけで新聞ひとネタ出来るので~端折る!)・・・で、ウチのひまりは~2ちゃい。天使のような可愛さと悪魔的なトコロが共存しているが・・・やっぱり可愛い。←相変わらずの親馬鹿。育て方が正しいかどうかはワカランが~伸び伸びと育ち!やはり、その成長スピードには目を見張るモノがある。もうソコソコ上手に箸を持ち、私にご飯を食べさせてくれて、風呂上りにはパンツも履かせてくれる。←既にワタクシ、娘に介護を受けております。

 そんなヨボった私も、大人?になろうと去年から自分に【変化】をつけている。ひとつは前々回の新聞にも書いたキーボードの、指の置く位置である。右手だけ1つ右へ矯正移動した。自己流で覚えてしまった感覚から右手1つズラしただけで、もう~別世界!忙しく時間の無い時はイライラ倍増!本当に苦しかったが【変えるんだ!変わるんだ!】という意志の元、今ではソコソコの速さでブラインドタッチが出来るようになり、昔の指位置に置いてみると~コレまた別世界!もう今の指位置じゃないと文字が打てない自分がいる!次に挑戦したのは左手で食べる事。たまたま右手を怪我したのがキッカケだが、昔から怪我が絶えないので~両利きなら便利♪と思い、ソコソコ昔から何度もやっていたので~コレは結構すんなりとイケた。ただ一番、手こずるのは~焼魚である。私は『漫画』のように骨だけ綺麗に残して食べるので、それには繊細なタッチの箸捌きが必要でありソコだけちょっとムズいが、まぁーなんとかソコソコ。ついでに歯も右側で食べる癖があったのだが左側で噛むように矯正した。今は左側にウェイトを置き、左9右1ぐらいだろうか。左手で食べ、左側で噛めば刺激が右脳へ行き『ヒラメキ』が活性化するのではないかと勝手に信じ込んでいる。そして、もひとつ変化させたのはペンの持ち方である。これは言葉より挿絵をご覧頂きたい。チョットの事なのだが『ペンだこ』が異常に出来る私にとって、この親指を入れ込む自己流と標準のお手本形は少々書きづらさを感ずるが『ペンだこ』は出来にくい。なかなか文字も手で書かなくなったご時世だが、書くときは筆持ち型の『基本形』を常に意識している。

 さて、全ては小さな変化ながら~自らが決断し『変えていく力』を養う事は大切である。格言ではないが【良い癖が入ると~悪い癖が出ていく!】と私は思う。とにかく!定着するまで【やり続ける事】である。良いことを取り入れて、良い方向へ導くのは自分次第!そして、私の今年の目標は【THE 英語】である。あ!言っちゃった。しかし、やらざるを得ない状況・動かざるを得ない状態に自らを持って行く事が習得し成長する秘訣である。去年の11月1日から三和もスクラム編成し【変化】する事に挑んでいる。様々な世の中の状況変化に対応・順応・追従して行かなければ、我らに明日はない!さぁ~今年も本気で1年!120%の力で頑張ろう!

【三和新聞】203号

2017-11-30
第203号 老いる前に
writer: 小林 照宜

 今年の春、1番下の娘が高校を卒業し進学しました。我が家には長女、長男そして次女と3人の子供がいるのですが、やはり末っ子はいつまでも可愛く、ついこの間まで保育園に通っていた様に感じます。そんな娘がもう大学生!自分も歳を取ったと痛感します。その彼女が今年から家から出て1人暮らしを始めました。家に帰って食卓についても、いつも座っていた所は空席。なんだか寂しい気がしています・・・。

 現在娘は東京で、看護を学んでいます。数年前に放送された医療関係のテレビ番組に感化されてか『ドクターヘリ』に乗ってみたい!と言い出して以降、進路を【医療関係】に絞って勉学に励んできました。残念ながら高校時代は部活に精を出し過ぎて学業が伴わず、第1希望であった医師への道は叶いませんでした。しかし、それでも【医療関係者】になる!という彼女の意志は固く、看護師を養成する大学校に進学することができました。さて、4月の初旬に入学式があったのですが、家内の都合が悪かったため自分1人だけ入学式に付き添いました。ほとんどの生徒が女性の学校なので少々出席をためらいましたが、折角の娘の晴れ姿を見たい気持ちで出席しました。一般的な学校と同じく入学式では学長の挨拶があります。入学式での挨拶というものは大抵つまらないものですが私たちの健康にもかかわる話が多く、さらに娘の将来を考えると自然と真剣に聞き入っていました。国の最新医療を学ぶ『国立高度専門医療研究センター』の看護師を育成する教育機関であること、その『国立高度専門医療研究センター』が全国に6つあり愛知県内には『国立長寿医療研究センター』があることを知りました。私を含めて家族全員、老後はその研究センターで最先端医療を受けながら過ごせないかと淡い期待を抱いています。

 娘が医療関係に進んだこともあり、今までは何の気なしに見ていた医療関係のニュースも興味を持って見るようになりました。昔は『不治の病』とされてきた癌も全ての人が完治なる所まではいかなくても延命することができるようになりました。また、胎児超音波検診の進歩にも目を見張ります。私の長女が生まれた頃は超音波検診の走りでセンサーをお腹に当てただけで胎児の姿が見えた事に大変驚きました。次女が生まれた頃になると画像が鮮明になってきて検診の度に大きくなっていく子供の姿に感動をした事を覚えています。今ではカラーで見える検査もあるようで日進月歩で発達する技術の進歩に驚かされます。

 特に今後の医療で大きな期待をしているのは『iPS細胞』です。2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した山中教授が研究を続ける『iPS細胞』は、再生医療の切り札とされ日常生活を楽しめる寿命である健康寿命を大きく伸ばすことが期待されています。有り難いことに私の両親も健在で、毎日早朝から畑仕事に赴き健康に暮らしています。しかし80歳を超えたいわゆる後期高齢者ですので、いつ病気になったり介護が必要になるか分かりません。自分自身もそうです。今日これからでも病気を発症し、事故に合い、受傷するかも知れません。そんなときに『iPS細胞』が有れば病気や怪我を負った細胞を再生させる核となり私たちの健康を取り戻してくれることでしょう。これからの日本は急速に高齢化が進んでいくと云われています。娘は高齢化の流れに合わせ長寿医療を主に勉強したいと言っています。『iPS細胞』の実用化にはまだ時間がかかりそうですが、とても期待しています。

 これからの日本は今まで以上に医療が大事になっていきます。近代看護教育の母であるナイチンゲールが「進歩し続けない限りは、後退していることになる。」という言葉を残しています。娘も毎日の勉学や実習で、医療人としての進歩を続けているはずです。私も技術者として娘に負けない様、毎日着実に【進歩し続ける努力】が必要不可欠であり。実践する所存です。

【三和新聞】202号

2017-10-31
第202号 やる気スイッチ
writer: 渡辺 健二

 「早く着替えて!準備して!」と嫁の声が響く渡辺家の朝。この声は我が娘(名前は菜乃)に向かってほぼ毎日放たれています。娘は幼稚園年長で来年からは小学生。そろそろ『自分の事は自分でやる!』という事を学んでほしいものです。しかしマイペースな娘はいつもリビングでゴロゴロするか、ボケーっと座っているだけでなかなか動こうとしません。あまりに動かない娘に対し僕が「菜乃!」と一喝入れると泣き出す始末。こうして父親を無視する娘が出来上がっていく訳です・・・(涙)

 娘の『やる気スイッチ』はどこにあるのでしょうか?そんな日々を過ごす中ある1人の人物が頭に浮かびました。その人物は東京大学・大学院・薬学系研究科の池谷裕二先生です。この先生は薬学系研究科所属なのですが脳科学も研究しているという異色な方です。以前この先生の講演を聞いたことが有り、その講演が非常に興味深いものでしたので皆さんに共有したいと思います。
 
 さて、皆さん!『脳が体に指令を出す』という事を聞いたことはありませんか?この考えは脳科学的には逆に考えられることが多いそうです。『体が動いて脳が判断』だそうです。このことが証明された実験があります。鉛筆を口でくわえながら漫画を読む実験です。鉛筆のくわえ方を『①棒を縦にしてくわえる』『②棒を横にしてくわえる』と2通りで同じ漫画を読みます。そしてどちらのくわえ方が漫画をより面白く感じるか?を調べたのです。この実験でより面白く感じたのは『②棒を横にしてくわえる』でした。横にくわえると口角が上がりますよね。つまり笑った時の顔に近くなり漫画の面白さもアップするという事です。脳が体から得た情報(つまり口角が上がるのは面白い時である)を記憶していて面白いと判断したのです。『笑うから面白い』言い換えると『体が動いて脳が判断』という事が証明された実験でした。

 もうひとつ今度は皆さんへの実験です。今回の挿絵の中に白黒の格子柄の上に緑の円柱が立っている絵があります。その中のAとBの色を比べてください。Aの方が濃く見えますよね。しかしAとBは同じ色なのです。そんなの嘘だ!と思われる方、周りの絵を全て隠してAとBだけを見てください。きっと「おぉー!」と言って納得していただけると思います。何故、このような事が起きるのでしょうか。そもそも人間の目が捉えることができる画素数は約100万画素だそうです。100万画素といったらデジカメが出始めたころじゃないですか!今では携帯電話でも1,000万画素が出ているのに。人間の100万画素の目では世の中のあらゆるものがモザイク状に、またはファミコンのドット絵の様に見えるのが普通です。しかしそこは脳が都合よく修正をかけてくれているため、僕たちはきれいな景色を見ることができるのです。そもそも脳は頭蓋骨に覆われ外の世界のことを何も知らないし自ら動くこともできないので、体や五感を使って(時に第六感を働かせ?)情報を仕入れるしかないのです。そして脳は外から得た情報を自分の都合の良いように解釈してしまう厄介なヤツなのです。

 では『やる気』はどうしたら出るのでしょう?その答えは脳を騙すことにあるようです。池谷先生は講演の中で【やれば、やる気は出る!】と言われました。例えば掃除、面倒くさいなぁと思っていても、いざ始めると夢中になって隅々までやってしまう。こんな経験したことありませんか。体を動かせば脳もその気になるという事です。さて話は娘の事に戻りましょう。池谷先生の理論を使って娘を動かそうと試みました。朝トイレに行くのも面倒くさがる娘は寝室から出てきてリビングでゴロゴロ。そこで僕は娘の両腕を持ち上げ強制的に立たせ、お尻をポンッと軽くたたいてみました。すると・・・なんということでしょう!娘がトイレに向かって歩き出したのです。トイレから戻ってきた娘は、またリビングでゴロゴロ。そこで僕は娘の上着の片腕を強制的に脱がしました。すると実に面白い!自ら着替えを始めたのです。始めの一歩、背中を押してあげるだけで動いてくれるようになったのです。皆さんもやる気が出ないなぁと思うことがあったら、まず一歩を踏み出す努力をしてみてください。『やる気スイッチ』は自ら押すのですよ!

【三和新聞】201号

2017-09-30
第201号 3年ぶりの『鮎釣行』
writer: 市川 五規

 今年の夏、私の趣味でもあります『鮎の友釣り』に出掛けて来ました。本当に久しぶりで・・・3年ぶりとなります!友釣りには色んな道具が必要でして、まずは竿と仕掛けに針。ここまでは普通の釣りの準備と変わりないのですが、これプラス友缶(オトリ鮎を入れる缶)引き舟(鮎を入れて水面に浮かべておく物)タモ網、足袋とタイツとベルト等を前日に用意しました。さて、当日になりコンビニで昼食と熱中症対策のアクエリアスとノンアルコールビールを購入し、豊川の上流の寒狭川下漁協管内でオトリ鮎と釣り券を購入し、いざ!国道257号の只持橋の下流側に場所決めしました。橋の上から川をのぞき込むと鮎が群れて泳いでいるのが見えました♪

 以前は車から川まで簡単に行けたのですが、最近はイノシシやシカによる畑の作物被害除けにフェンスが張り巡らせてあり狭い出入口から入ることとなります。川にたどり着いて周りを見渡すと、他に釣り人は2人いましたので少々距離をとり・・・目が合ったので会釈をして準備を始めました。川に入ると最近雨が降ってなくて水位が少々低く、濁りはありませんが『アカ腐れ状態』で歩くとドロドロとしていました。(アカとは鮎が食べるコケで緑色のタイプではなく茶色のものです)オトリ鮎を仕掛けにセットするにはハナ環を鮎の鼻の穴に通します。その為に、引き舟からタモ網へ移して鮎をつかんでハナ環を通します。その時でした!手からツルッ!とすべって川にポチャン!と・・・逃げられてしまいました。初心者にありがちな恥ずかしいミスです。これが3年のブランクかと思いましたが、気を取り直してセットし竿を微妙に操作してオトリを水深のある流心に入れました。
 
よく【鮎を釣るなら石を釣れ】と云いますので、大きな石の下流側や左右に誘い『泳がせ釣り』をしました。下流側の石周りや上流側の石周りと30分、1時間と泳がせましたが反応がありません。時折周りで鮎が跳ねてはいるけど、釣れません。ここで昼食をとる事にしてノンアルビールをプシュッ♪と開け、チーかまをパクリ!弁当もツマミにゴキュゴキュッとビールを喉に流し込み、辺りを見渡すと山には深い緑の木々青空川のせせらぎセミの鳴き声、うーん実にビールが旨い♪単純ではあるが幸せを感じつつ日々のストレスはこの川に流すことにして、釣りを再開しポイントを少し下流側の中くらいの石がゴロゴロしている所に移動しオトリを流心脇の石に誘い込んだ時でした。目印がビューンと動いたと同時に竿にガツーンとアタリがきました!私は「コレ!コレ!この感じ♪」と言いながら慎重に引き抜きました。タモ網に入ったのは18センチ程で、スイカの良い香りがする鮎でした。

ここいう『引き抜く』とは、川魚は針掛かりすると下流側に一気に泳ぎ下ります。その時に8メートル程の竿を真上にまっすぐに立てますと竿がギューンとしなり、さらに下流側に泳ごうとすると竿のしなりと糸の長さの限界を超えると自然に鮎が水面からあがります。すると竿のしなりが戻る力で鮎が自分の方に飛んできます。これをタモ網でキャッチするのです!これが上手に出来るととても気分よく満足できます♪これが『引き抜き』です。・・・が、失敗すると自分の脇をビューンと通り抜けて上流側に飛んでいき、ボチャーン!と着水してバラシとなり逃げられます・・・。オトリもグッタリと弱りますし、しかも他の釣り人に見られた時は穴に入りたく、いや水中に潜りたくなります・・・。
話を元に戻しまして・・・ここで釣れた鮎は元気なので、またオトリとして使います。これが『友釣りは回転の釣り』と云われています。そこから2時間で3尾釣れ、本日の釣果は4尾となり4時に納竿としました。家に帰り塩焼きにして、ビールと共に美味しく頂きました。3年ぶりの釣りでブランクも感じましたがとても楽しく遊べました・・・が!コレを仕事に置き換えると『3年ぶりでダメでした・・・(汗)』では済まされません。シッカリとデータとして残し、管理しておく事が大事なのは当然の事であり、更に改善しつつ良い『ものづくり』が必要だとつくづく思った1日でした。

【三和新聞】200号

2017-08-30
第200号 『今を、生きる・・・』
writer: 新妻 吾郎

 2000年の12月から、この【三和新聞】を創刊した。はじめの3年間は私ひとりで毎月メイン記事を書いていたが、2004年の2月号で『隔月で書きます!』と泣きを入れた。また2006年の4月号で早くも『4人(4カ月分)の部課長記者さん達に書いてもらって~5番目に書く!』という姑息な手段を使い、なんとか2009年に第100号を突破した!この時の担当記者はワタクシ。たまたまではあるが、仕組まれた『陰謀説』が流れたような~流れなかったような・・・。そして!なんだぁ~かんだと時は経ち!今回~2017年9月の今月号で第200号を迎えることが出来た。担当記者は今回もワタクシ。またも陰謀説が流れるか?とにかく!『継続は力なり』・・・ただただ嬉しく、三和新聞の記者全員に感謝感激!雨あられである。ありがとう・・・・・

 さて、今回は北海道ツーリングのお話し。7月中旬、敦賀湾からフェリーにて苫小牧に上陸!最高の天気で大地を走り抜け~『すすきの』で素敵な夜を過ごし?翌日、道東へと向かう道中~猛烈な雷を伴う豪雨に打たれた。(バチが当たったか?) 所々で道路が冠水。水位は走っていてステップが浸かるほどである。マフラーが水面を「ボボボボ!」と唸っており『ここでエンストしたら、大変なことになる!』と生きた心地がしない最中、ふと霧に煙る道路の先にエゾ鹿がコッチを見てはピョンと、ひとっ跳びで茂みに隠れた。全く人通りというか車の通りも無い、独りぼっちの冠水道路でひとつの生命(いのち)に出会えたことの喜びと『ヒグマじゃなくて良かった・・・』という安心感にホッと一息つくと、今度はソコソコの大きさの雹(ひょう)が降ってきた!同日、関東でもカナリ大きい雹が降ったようで『マジか・・・』と。・・・あんな経験は初めてだった。北海道気象協会の発表によると、この日~1時間降水量の観測史上1位を更新したようだ。『生きてて良かった。』と心底、思えるほどの雨だった。翌日も根室・知床とカッパを着続け、修行僧が如く~前日の雷雨ほどではないが走り続けた。牛や馬はモチロンのこと~エゾ鹿・キタキツネ・丹頂鶴と、時折~目の前を突っ切って来る水鳥たち・・・ヒグマ以外はみんなに出会えた。みんなビッチョビチョに濡れていた。

 商工会議所のメンバーと共に北海道に渡ったのだが、途中まで一緒で~その後バラバラに別かれた。それぞれが自由で、ソロツーリングの楽しさも解っている方々だからだ。それから2日後~朝靄に煙る摩周湖で<これは完璧に見えない『霧の摩周湖』やな>と思いつつ、大好きな第三展望台へ行ってみると2日前に分かれたツーリングメンバーの『石ちゃん』と霧に煙る駐車場でバッタリ出会ってビックリ!・・・ザックリとしたそれぞれのコースは聞いていたが、日にちも時間もアバウトなので~ホント偶然の出会いに「おぉ~♪」と歓喜の雄叫びを2人で上げていたら「吾郎君?」と、今度はご夫婦に声を掛けられた。霧で良く見えなかったので~近づくと「わぉ♪」と家内側の御親戚で、なんと埼玉から~いらしたのだ!第三展望台にいる、たった4人が『知り合い!』という・・・まぁ~霧で摩周湖は全く見えなかったが『偶然の奇跡♡』を摩周湖は魅せてくれた!感謝。その3日後、またも『石ちゃん』とは~小樽でもバッタリ遭遇し、これが異性なら恋に発展しちゃうカモ♪と思うほどの出来事であった。

 さて、あの事故から・・・3年ぶりに訪れることが出来た北海道。学生時代を過ごした北海道。大好きな仲間たちがいる、相変わらずの・・・北海道だった。遥か彼方まで見渡せる大草原を、生き物のようにうごめく湿地帯を、天まで続くのかと思うほど真っ直ぐな道を走りながら『生きている』と感じた。『今を、生きている・・・』という瞬間を感じながら、感謝して走った。細かく言えば『今』の1秒後は『過去』であり、1秒先は『未来』である。その一瞬、一瞬に情熱を注ぎ信頼を築き上げ・・・その一瞬で信用は失われ、命を落とすことさえもある。『今』を大切に【今、生きている喜び】を噛み締めながら『今』を生きられなかった方々の分まで、私は生きようと思う。

 

【三和新聞】199号

2017-07-30
第199号 『達成感♪』
writer: 渡邉 啓史

 私は数年前まで「趣味は?」と聞かれると答える事が出来なった人間でしたが・・・4年前から『キャンプ』そして『マラソン』と続けられる趣味が出来ました。マラソンについては、年に4回決まった大会にエントリーし継続しています。毎年3月に行われる『穂の国・豊橋ハーフマラソン』では今年で4回目の出場をし、毎年自己ベストを更新し続けています!←軽く自慢。因みに1年目、1時間50分だった記録が、4年目には1時間35分になりました♪←軽く自慢解説です。・・・さて、10月には昨年も出場したフルマラソンにエントリーしたので【目標】を定めて7月から練習をしていこうと自分に言い聞かせるのですが・・・しかしこの暑さ!心は折れてしまいます。自宅周辺をただ走るだけでは暑くてやる気も出ないので、以前から気になっていた『トレラン』を行う事にしました!トレランとは『トレイルランニング』の略で舗装路以外の山野を走り、マラソンや登山ブームの波にのって両者の要素を併せもった中長距離走の競技です。【思いたったら即行動♪】東三河で1番高い山の本宮山へ登り(走り)に行きました♪

 私は本宮山に登った事が無い為、どんな感じなんだろうとワクワクしながら登り始めました。登山口から階段を上り、少し山道になってきた所から走り出しましたが思っていた以上に険しく、アッという間に息切れと下半身が悲鳴を上げ、走る事を断念しました・・・。山頂の標高は789mで、登山口から約4.5Kmあり1.5時間かけて歩いて登りました。ルートとしては、階段・山道・岩場・林道からなり、山頂付近には『砥鹿神社奥宮(とがじんじゃ おくみや)』があります。山頂に辿りつくと登って来れて良かったという気持ちと同時に途轍もない【達成感】があり!この気持ちを味わいたくて、いろんな事にチャレンジ出来ていくのだろうと思います。達成感で満足し、一瞬忘れかけていましたが、登山に来た訳ではなくトレランに来ているんだ!と自分に言い聞かせ、下山は約8kmの林道ルートを約1時間かけて走って下りました。山での練習は基本日陰の中で動くので、その辺の道路で太陽を浴びながら走るより大変気持ちが良く、これなら夏場の練習にいいなと、とても満足して帰ってきました。しかし更なる【達成感】を求める私は、次はもう少し走る距離を伸ばしてどれくらいのタイムが出るかチャレンジしたくなり翌週も本宮山へ♪気合を入れて朝6時に駐車場へ到着!さぁ~登るぞ!走るぞ!あれ?あれれ・・・靴が無い・・・。到着して3分も経たずに駐車場を後にし、出発から帰宅までの最速タイム?を更新しました・・・。さらに翌週は会社仲間のKさん&Oさんと一緒に鳳来寺山へ行ってきました!(今回はトレランではありません)

 前回、本宮山に登っているから余裕を持ってスタートしましたが、最初から石段のオンパレードであっという間に膝が悲鳴をあげました。石段1425段を登りきると鳳来寺本堂があり、本堂を抜け695mの山頂まで山道を登って行きます。所々で足を踏み外すと転落する危険な箇所もあれば、岩から滴る水が気持ち良かったり自然を楽しみながら登山が出来ます。何といっても各名所から見る景色はとても絶景です♪(近くの山が伐採されていて『ハートマーク』に見える所もあります♪)登り初めから下山まで総距離は約9Kmあり、4時間の登山でした。山を登り終えると大袈裟ですがひとつの山を制覇した【達成感】を味わいつつ、登山の楽しさも実感しました。帰りは温泉に寄り疲れを癒し、登山に魅了された3人は帰りの車中で『次はどの山に登るか?』で盛り上がり、近日中にまた近場の山に登ろうと思っていますので行きたい方は連絡くださいね♪ちなみにネットで『やまクエ』というサイトが有り、各山の難易度レベルが表示されていて本宮山がLv35中級、鳳来寺山がLv37中級、富士山はLv65上級となっています。そのサイトが面白いのは、登った山を登録していくと自分のレベルが上がっていき、そのレベルをどんどん上げていきたい衝動にかられていく事です。過去富士山に3回登った事も登録して、私のレベルは現在33となりました。これからも経験値を上げレベルを上げていきたいと思っています。

 マラソンも登山も同じですが、走る、登る事の動きを続ける事は簡単な事ではありません。マラソン完走、登山登頂を【目標】に掲げ、その目標を達成する為にはどのような事をしなくてはならないのか?『練習方法』『目標達成計画』をシッカリ立て『実行』しないと達成は出来ません。自分が頑張った分、目標を達成した時の【達成感】は計り知れません。仕事でも自分の目標、会社の目標を達成する為にどの様な事をしてどの様にアプローチしていくかを常に考え、行動に移して【達成感】を味わい続けていきたいと思います。

 

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