Archive for the ‘三和新聞’ Category
第300号 犬好き2
| 第300号 犬好き2 |
writer:新 妻 吾 郎
明けまして!御目出度うございます!本年も宜しくお願い申し上げます。さて・・・お正月である。また、お正月である。アッという間に1年が過ぎてぇ~もう、お正月。この時間の経過が早く感じるのは【ときめき】が無くなったから!だそうで…以前の三和新聞で書いたか?どうかも忘れてしまったが←ボケじじい化!驀進中!(ばくしんちゅう)若かりし時分は『ときめき』がいっぱいで、恋をしてドキドキして~楽しいイベント事が早く来ないかなぁ~♪と、ときめいて待ち侘びて・・・新鮮な経験や情熱的な感動や濃厚な時間が過ぎる事が『ゆっくり』と感じるそうで…この歳ともなると、過ぎ去る日々が【単調】になる事が大きな要因なようで『体感時間が短く感じる』らしい。しかし!【継続は力なり】で、この三和新聞も今回で第300回号となりました♪振り返れば、やはりアッという間のような気もするが…今年は!また『ときめき』を持って、今一度!邁進(まいしん)したい所存である。

2000年の3月に私は社長を就任し(当時31歳)そして、その年の12月から!この【三和新聞】を立ち上げた。第1回目のタイトルは『犬好き』であった。読み返すと稚拙な文章だなぁ~と←今も稚拙じゃねぇ~か!…ということで~第300回の今回は『犬好き2』である。今年の干支は午年(うま)ですが、挿絵は犬…戌年(いぬ)と間違えたワケではない、ことは分って頂けると思うのですが~私の人生の中で3匹の犬との出会いがあり、別れがあって…。犬は『ペット』と括られるが、もはや『家族』である。その哀しみは奥深く…もう犬は飼わない。家族にしない!と誓ってから早14年が経過し、今現在!私の子供たち3人は大の犬好きである。長女は今10才だが5才の頃から「ワンちゃんが欲しい!」と言い続け、私は「ダメ!」と言い続け。結果、3千円ぐらいのオモチャの犬を買い与え「お座り!」と言うとお座りするし「逆立ち!」と言うと逆立ちもした。リード(綱)も付いていて20種類ほどの動きをする優れモノのオモチャの犬に子供3人が奪い合い、引っ張り合いのケンカになるので~結果、同じオモチャが3個となった・・・。
ある日、ママが休める『パパさんDAY』となり私が3人を連れて出掛けた。出掛け途中に両面テープが欲しかったので『ジャンボ〇チョー』へ立ち寄った。子供たちはホームセンターに来ると必ず犬猫コーナーへまっしぐら!テープを買って犬猫コーナーへ行くと3人がショーケースに居る一匹のワンちゃんに釘付けとなって立っていた。「どうした?可愛いワンちゃん居たのか?」と言いながら、子供たちの目線の先のワンコを見た瞬間!「ズキューン♪」と私も何かに撃たれた様な衝撃で動けなくなった。【奇跡の出逢い】って、やつなのか…あまりに動かない私たちに店員さんが「抱っこしますか?」と。(いや!もう抱っこしたら飼ってまうっ!)と思い「結構です」と…。子供たちも、あのワンちゃんが欲しい!飼いたい!と、だいぶスネたのだが・・・当初、予定の『のんほいパーク』へ。
いつもならテンション爆上がりの~大好きなカバさん!ゾウさん!キリンさん!を見ても子供たちの頭の中は、あのワンちゃん。私も、同様。動物園でテンションの上がらない親子。その日はパパさんDAYの『パパSunday』だったのでママも一緒に夕食は外食へ。そこで誰からともなく、のんほいパークへ行ったのに~話題は『あのワンコ』に…あまりにも我々が熱弁するのでカミさんも「じゃあ~もう一度、行ってみる?それだけ言うなら、私も見たいし…」の一言に、いつもはダラダラと食べる我が子たちが(もう誰かに買われて居なくなっていたら!)と、猛烈なスピードで食べ始めて〜即!食べ終わり。夜の7時半に営業終了となる30分前に、なんとか駆けつけて犬猫コーナーへ走っていくとショーケースのロールカーテンが下ろされて見えなくなっている!私は「ココに居たワンちゃんは?」と店員さんに聞くと「チョットお待ち下さい」と。カーテンを開けて見せてくれるのかと思いきや!後ろから『あのワンちゃん』を持って来てくれて「はい、どうぞ♪」と、抱っこさせてくれた・・・いや、抱っこしてもぉ~た!これはもう飼ってまうっ!と思いつつ、横にいるカミさんに目をやるとカミさんもズキューン♪と撃たれていた。知っている方も多かれと思うが『ジャンボ〇チョー』さんは当時、閉店間近で・・・そのワンコも閉店セールで安かった。…命に安い高いは、ないが…安いに越したことはない。
【コア】と名付けた。『KOA』とするとハワイ語で勇気・勇者の意であり、また英語の『CORE』とすると中核・核心となり家族の中心だなぁ~と…そのコアがウチに来た初日!テーブルの下に落ちていた、ぶどうパンのレーズンを食べてしまって~倒れて病院へ(汗)。犬は食べてはいけないモノが多く、ネギ類・レーズン・チョコレート・アボカドetc・・・命にかかわるモノだらけで『軽度の腎不全』との事で家に連れて帰って来た。初日のコレが【キッカケ】で、今までボロボロ食べこぼしていた我が家の食卓は「こぼしたらコアが死んじゃう!」と子供たちが言い合って綺麗に食べる様になり、なんでも口に入れてしまうコアのお陰で家中が綺麗になったのであった・・・。2026年!三和新聞 第300回!…過ぎていく時間を濃厚に『ゆっくり』と感じられるようコアと共に!邁進して行く所存である。←2度言うな。
第299号 シンプルに~♪
| 第299号 シンプルに~♪ |
writer:彦 坂 訓 克
毎年の事ですが、12月になると「もう今年も終わりか?1年経つのが早いな~」って感じます。今年は大阪・関西万博開幕や坂口志文氏のノーベル生理学・医学賞受賞、高市早苗氏が日本初の女性総理大臣に就任、日経平均株価史上最高値を更新など話題となりましたが個人的一番は、やはり体感した今夏の『暑すぎぃ~!』でした。この夏は連日の記録的猛暑!猛暑日(最高気温35℃以上)の日数が過去最多を記録した地点が多く、福岡県太宰府市では40日連続で猛暑日となり、国内最長記録を更新したそうです。さらに!厳しい残暑も長々と続き、私はあまりの暑さに負けてしまい…趣味である釣りも断念する事となってしまいました。皆さんも今年は?と問われれば『夏の猛暑』を思い返す人も多いのではないでしょうか?

最近ニュース等で話題になっている日本各地での【熊出没】による熊被害、市街地での被害でも全体の7割を占めているとの事です。これも今年の猛暑との関係が深いといわれています。ネット情報では記録的な猛暑や少雨の影響でクマの主要な餌であるドングリなどの木の実が凶作となり、秋には冬眠に備えて栄養を蓄える為の食料が得られないクマは空腹を満たすため行動範囲を広げ、人里への出没増加に繋がっているようです。人間活動の低下した地域や放置された農地で餌を得ることに慣れてしまったクマや、1度でも人里で食べ物の味を知ったクマは、そこが安定的な餌場と覚えて繰り返し出没するようになり人間への警戒心が薄くなったクマがその味に執着し、食べ物を奪うために人を襲うことがあるそうです。このようなクマの事を『アーバンベア』と呼ばれており急速に増加している様です。クマは冬眠するものだと思っていましたが、食料を調達できず脂肪を蓄えられなかった場合や一方で、いつでも食料を調達できるクマも冬眠しないようです。増加しているアーバンベアは人間が残した食べ物などによって十分な食料を得られるため、冬眠の必要性が低下しているとの事です。冬だからといって安心出来ないですね。
クマ対策の方に目を向けて見ると、こんな記事がありました。クマによる人身被害が多発しているにも関わらず「駆除はかわいそう」とか「共存すべき」という動物愛護の感情が先行し、被害が拡大している状況でも「駆除すべきか否か」の議論で適切な保護や個体数管理の判断が遅れるケースや広範囲の森林再生や大規模なゾーニング計画など現実に時間やコストのかかる対策ばかりに目を向け、手軽に出来る個人レベルの対策を軽視してしまうケース。多角的な視点を持つ事から問題を複雑にして【難易度】を上げ『現状を正しく理解出来ず、優先順位が不明確になってしまっている』。可能な事から行動に移す【シンプル】さが重要という事です。
かくいう私も、どちらかといえば物事を複雑に考えてしまう傾向が強い方だと思います。「失敗したらどうしよう」「失敗はしたくない!」という思いから最善の判断や選択をしていきたいという思いや、物事の最悪の事態を想定しすぎてしまったり、自分に自信がなく他人の意見や評価を気にしたりと自分で難易度上げてしまい、結局時間が掛かり納得のいく仕事が出来ず中途半端になってしまっています。酷い時には、何が目的なのか?何がしたいのか?を見失ってしまう事もしばしばあります。←立場上、こんな事を言っていいのだろうか・・・?
皆さんは『反芻(はんすう)思考』(ぐるぐる思考)という言葉をご存知でしょうか?私は初めて知りましたが、仕事における反芻思考(ぐるぐる思考)とは、過去の失敗や嫌な出来事について解決策の見出せないままネガティブな考えを繰り返し巡らせてしまう症状のようです。過去の発言を後悔し続けたり、仕事のミスで何度も「何故、こうしなかったのだろう」と悔んだり、「次も失敗したらどうしよう」と将来への不安を延々と考えてしまいネガティブな思考がぐるぐるといつまでも頭の中を駆け巡り、クヨクヨと考え続けてしまうという事です。私はこの反芻思考に非常に似ている所があるのでは?と思わされます。では、どのように対処していけば良いのでしょうか?クマ対策でも言っていた可能な事から行動に移す【シンプル】さが重要という事だと思います。物事を複雑に考え、難易度を上げているのはいつでも『自分』です。この歳での変化は、なかなか難しいと思いますが・・・来年は【シンプル思考】に挑戦です!
第298号 老人クラブ
| 第298号 老人クラブ |
writer:小 谷 野 一 彦
我が家は87歳になる母を筆頭に今年還暦を迎えた夫婦の3人で暮らしている。夫婦とも現役で働いてはいるが、ひと昔前であれば入会できたであろう地域の『老人クラブ』状態の家族である。先日、帰宅すると要支援でもない母が「チョット聞いて!私、本当にボケたみたい!」と、すがるような感じで駆け寄ってきた。夕方になり洗濯物を取り込もうとした時に干されていない・・・まさか盗まれたかと思ったが洗濯機を覗くと洗い終わったままの状態で洗濯物が入っていたとの事・・・。

つまりは、干すことを忘れたことに大ショックを受けていた。妻と私は「そんな事よくあることだし!ボケてないから大丈夫!」と優しく慰めたつもりだったが母からはこんな言葉を返された「あんたらがさ~そうやって怒らず優しくするもんで私の物忘れが治らんだにっ!もっと厳しくせんと物忘れ治らんっ!反省できんじゃん!」・・・なんのこっちゃである。失敗や物忘れぐらいで、まさかこんな事を言われるとは!と思ってもいなかったが数日後・・・なるほど!と感じる出来事があった。いとこがジュースを手土産に遊びに来たので皆でそのジュースをいただこうという事になった。母が蓋を開けづらそうにしていたので私が開けてあげようとしたところ、いとこから「甘やかしてはダメっ!自分のことは自分でさせんと、どんどん出来んくなるよ!少しは時間かかるかもしれんけど自分のことは自分でさせること!」勢いのある言い方でビックリしたが、改めて過剰な手助けや優しさは却ってボケを早まらせる可能性あるのだと感じ、母は冗談のつもりだったのか分からないが「怒らんもんで私はダメになる!」に繋がるモノがあると感じた。
因みに妻の父母は健在で義父は認知症になっているようだが同居の義姉によると「お母さんはお父さんにすっごい厳しくてさ~スパルタじゃんね~!」との事。さっそく義母に我が家に起こった出来事を話し「我々はお母さんのスパルタを指示します!」と宣言した!孫が食べ物をこぼすと躾(しつけ)と思い嫌われない程度に叱るが、上手くできた時は頭ナデナデ頬をスリスリして褒めている。しかし母親に同じ接し方は出来ないので、困ったもんである。怒る、怒らないは別として自分で出来そうな事は無理に取り上げずにやらせて自信を失わせないようにしながら『楽しい老人クラブ』にしていきたいと思う。
さて、話は変わるが今年の5月に『還暦旅行』を妻と企画した。九州から約一週間かけ色々な名所を車でめぐりながらフェリーに乗ったり電車に乗ったり乗馬に挑戦したりと細かく旅程を立てた。宿は人生一度の還暦旅行なので少し奮発してワンランク上の旅館を予約し、いざ出発!一日目、二日目と楽しくリラックスした旅は進んでいったが三日目あたりから夜の食事に気が重く感ずるようになった。地の物を使い美味しく味付けされた料理、こだわりの皿に美しく盛り付けられた料理、どれも食欲をそそる料理のはずなのだが我々の胃袋サイズにどうにも合わない…最初は頑張れば後は胃も広がり慣れてくるかとも思っていたがそれも期待できなかった。仲居さんやチェックインの時、食事量を減らしてもらえるようお願いもするが「残していただいても構いませんから食べられるだけ楽しんでください!」とのご返答。しかし、いざ食事場所まで行くと「ご飯のおかわりいかがですか?」「余ったご飯は、おにぎりにしますので夜食でお召し上がりください♪」心のこもった『おもてなし』と感じるので益々気が重くなる。旅行の醍醐味である食べ歩き観光は夜に備えて止めた・・・楽しい旅行なのか苦行なのか(笑)そして今回の旅行で気付いたことがあった。それはソコソコの年になり、それなりに職場で偉そうにしていられる立場でもあるため指示されることに自分は慣れていなかったのである。車を運転していると妻は指示を出す。「そこ曲がって!」「危ないっ!気を付けて!」その度にイラッ!と・・・あれっ?俺は妻の後ろを黙ってついてく事が趣味だったはずなのに・・・新しい発見から今後の生活を改めて考えさせられる還暦旅行であった。
第297号 行動力
| 第297号 行動力 |
writer:渡 邉 啓 史
今年の夏は「暑すぎる!」という言葉では言い表せないほどの記録的猛暑に見舞われましたね!6月から8月の国内平均気温が史上最も高く、平年より2.36℃も上回ったそうです。これまで最も高かったのが昨年で23年よりプラス1.76℃だったようですが、今年は大幅に上回り来年は一体どうなってしまうのでしょうか・・・夏が終わりに近づき!?10月号の新聞を読む頃には少しは過ごしやすくなってるかなぁ~という事で秋といえば『スポーツの秋』ですね!先月は『世界バレー』に『世界陸上』と日本に歓喜を与えてくれました!私もここ数年スポーツで身体を動かす事が趣味みたいなもので、活発的に【行動】をしていますのでここで紹介したいと思います。

私の週の予定ですが…(月)ソフトバレー(火)タスポニー(水)お休み(木)タスポニー(金)インディアカで、土日はランニングをほぼ毎週こなしています。各歴としてはソフトバレー約3年、インディアカ約2年、タスポニー半年、マラソン約12年となり、同年代の中では活発的に動いているのかな?と思います。体育館で行うスポーツについては、天然サウナ状態でTシャツは汗が搾れるほどの滝汗をかきながら、楽しく身体を動かしています。20代から60代までの幅広い年代の方たちと行っているのですが、驚くのが60代の方です!休憩なしで若者たちと対等に運動しているのを見ると本当によく動けて凄いと思います。私も若者に負けない爺さんを目指したいと思っています。何とか続けているマラソンは毎年10月末に大井川マラソンにエントリーしている為、夏に練習をしないと全く走れないので熱中症警戒アラートが発令している中でも日中は日陰を探しながら走っていましたが、さすがに限界を感じ日陰の続く山道はどうかと模索してたところ知人が『たはらアルプス』をトレッキングしていると聞き早速、行ってみる事にしました。
出発地点の滝頭公園には案内所があり、そこでトレッキングコースが書かれたパンフレットをGETし、いざ出発!登山ルートは何ヵ所かあり私は『滝頭不動滝』から『不動岳』を登っていくルートで進んでいきました。標高としては200mくらいで頂上に着きます。そこから縦走で上り下りをしながら『西の覗き』→『中西山』→『滝頭山』(標高256m)へ縦走していきます。山の中に複数の道があるので毎回違うルートを模索しながら走り、どこに繋がるのか楽しみながら走れます。標高は300mにも満たない低山ながらも三河湾や太平洋まで望める『眺望スポット』が点在しトレッキングコースや自然歩道が充実しているので、興味のある方は是非!一度登ってみてください。何か身体を動かしたいと思っている方はオススメです。
またこの夏に新たにチャレンジしたのが、前から気になっていた【ワラーチ】を自作しました。ワラーチとはメキシコの山岳民族であるララムリ族が履いていた、古タイヤなどを素材にした裸足感覚のサンダルです。ララムリ族はサンダルで長距離を走る事から「走る民族」と呼ばれており、ワラーチは「走れるサンダル」として裸足に近い感覚で走れる事から、足本来の機能を生かしたランニング方法として注目されているものです。毎回マラソン大会で走っているとワラーチを履いた方が何人かいて、どんな感じで走れるのか興味深々でついにネットで材料を購入して自作しました。自分の足型を段ボールで作りその型をゴムシートに転写し足の親指の付け根とくるぶしの内外に穴をあけ、紐(ひも)を通し完成となります。さっそく試履きしましたが案の定、紐で足の甲が擦れて皮がめくれて2kmで断念。皮のめくれた部分をテーピングでガードして再度、試履きしたところ快適に8km走る事ができました。裸足感覚で走れるので、ここ近年の厚底靴と違い地面への着地感をダイレクトで感じられ、また暑い夏にはちょうどいいです。
ワラーチの効果としては姿勢の改善、全身のバランス向上、膝や股関節への負担軽減などが期待されているので定期的にワラーチ練習を取り入れていきたいと思います。自分が興味のある事は進んで調べて、理解し取得し、結果に満足する為に更に改良を進めて【満足感】や【達成感】を得ます。仕事も同じように分からない事は進んで調べ、聞き取り理解し、実行に移して自分の技術となり、それが良い製品に反映された時に、お客様から【信頼】を得て自分に返ってくると思います。趣味も仕事も充実できるも出来ないも自分次第ですので、さぁ【行動】に踏み出しましょう!
第296号 なにか御用?
| 第296号 なにか御用? |
writer:杉 浦 秀 幸
皆さんはペットと暮らしたことはありますでしょうか?近年ではホームセンターやシュッピングセンターなどにもペットショップが入店しており、犬や猫は勿論ですがハムスターなどの小動物や爬虫類も展示されています。そのため犬や猫以外の動物でも身近に飼うことができるようになりました。ペットと暮らしている方は日本全体のどのくらいの割合なのか調べたところ30%程度いるようです。私は2019年までは猫と14年間ほど暮らしていましたが現在は猫ではなくロシアリクガメと暮らしています。2022年8月に生後半年ほど経った状態で我が家へ迎え入れ、現在3歳となり甲羅の長さが12cm程度成長しています。成体になるまでには通常10年以上かかるようで甲羅の長さは25cm程度しか成長しないようです。名前は『えのき』と名付け日々楽しく暮らしています。今回はそんな『えのき』との生活についてお話していきたいと思います。

ロシアリクガメは主に中央アジアに生息しており、降雨量の少ない草原や砂漠の丘と言った乾燥したところに分布します。適正環境は温度28℃~30℃とされており、気温が10℃を下回る11月から3月にかけて冬眠を行います。寿命は20~30年と言われており飼育環境が良ければ40年も生きてくれるそうです。【鶴は千年 亀は万年】と云われるように長寿な生きものです。私は現在55歳です。日本人の男性平均寿命が81歳なので『えのき』と共に長生き出来るように頑張ります。
長生きしてもらうためには人間と同じく運動が大事なようです。平日はゲージ内で過ごすことが多く運動不足になるため私が休日の時には庭で散歩させるようにしています。小さな頃は私が雑草を取っている横でゆっくりと歩いていて目で確認できる程度しか動かなかったのですが、成長すると共に動きが早くなり少し目を離すと見失うようになりました。「カメは動きが遅い」と思い込んでいましたが実際には早く、先日は庭から脱走して大騒ぎになりました。こんなこともあり今では庭の一部を改造してドッグランみたいに【トータスラン】を造りそこで散歩させています。
もう一つ大切なのは温度管理です。冬眠する秋から冬にかけては一番気をつけています。保温球などで一年中温度を適温にして冬眠させないようにすることも出来るようですが、我が家では自然に近い環境で過ごさせたいのでリスクはありますが冬眠させています。冬眠前に胃に食べものが残っていると消化されず腐ってしまうため10月に入ると少しずつエサを少なくして準備をさせます。そして5か月間ほど冬眠しますが冬眠中でも温度管理や水分管理を行いながら毎日触れて確認します。こうして共に長生きできるように日々コミュニケーションを取りながら暮らしています。
犬や猫とは違い愛情表現をすることは少ないですが、私が様子を見にいくと時々首を持ち上げて【なにか御用?】と言わんばかりに見てきます。この時は『えのき』と気持ちが通じ合った感じがします。毎日会話していると段々と何をしたいのか、何をして欲しいのか分かるようになってきました。特に散歩に行きたいときは必死になってゲージから出ようとします。
コミュニケーションはとても大切で私たちの職場でも品質管理には必要不可欠となります。本当に大切なことはメールなど文章のみで済ませずにきちんと顔を見て話し合い、現在起きている問題や相手の意見をきちんと理解することがとても重要だと感じます。
前途した【鶴は千年 亀は万年】に続きがあるのはご存じでしょうか?私は知りませんでしたが【鸚(オウム)は天年】と続くそうです。鸚は天から与えられた寿命を全うするのみという意味で命の期限は天からの授かりものであるという教訓を表しているそうです。私も亀のように長生きし、鸚のように人生を全うしたいものですね。
第295号 It’s even?
| 第295号 It’s even? |
writer:新 妻 吾 郎
さて、8月である。8月も酷暑なんだろうなぁ~と思いつつ・・・今日は7月11日のセブンイレブンで、私の誕生日である~この日に!この記事を書いている。昨日まで「ゴロー56ちゃいです!」と人生の中で、この1年間しか!このギャグ?フレーズは言えないので1日3回は言い倒してきた1年間だったが・・・今日で57ちゃい・・・なんの語呂合わせにもなっていないので、もう封印である。今年は、ひとつ年を重ねる事よりも寂寥感(せきりょうかん:心が満たされず寂しい気持ち)でいっぱいの今日このゴローである・・・(寒)

私は1968年(昭和43年)7月11日に東京は渋谷区の広尾という場所にある赤十字病院に生まれ落ちた。今の『広尾』という街は東京でもシャレオツ←死語か?(オッシャレの意)な街だが60年近い昔は田畑しかない・・・街とも町とも言えない村の様な所だったと思うが0ちゃいなので~私にその記憶はない。←無責任発言。住んでいた場所は池尻大橋という渋谷から南に1駅下がった所で、その駅からも~ほど遠く歩き・・・そして!住んでいたアパートは~『6畳ひと間で風呂無しの共同炊事場の共同便所』であった。今の方々に風呂無し共同炊事場の共同便所といってもピンと来ないと思うが要は【ド超ぉ~貧乏】という事である。
・・・今でも憶えている。初めてオモチャというモノを買ってもらえたのは4才の時であった。『パンチキック』という・・・(もう名称も忘れていたが、こんなに単純明快な名称とは!)今でいう『パンチングボール』の様なビニール製のモノで・・・上↑の挿絵を見てもらえればご理解いただけると思うが、このオモチャの下の方に砂袋のような重しがあり、つまりは『起き上がりこぼし』的な・・・。とにかく!初めて買ってもらったオモチャなので、もう嬉しくて!嬉しくて!朝起きてから寝る間際まで一日中パンチしてキックして夢中で遊んだものだ・・・
話は変わって~現在の我が家。9歳と6才と私の誕生日の次の日(つまりは明日!)に産まれた~明日になれば4ちゃいホヤホヤの娘で、ごった返している。そして、その子供たち以上に子供らのオモチャが家中ごった返していて家に帰るなり、まんまとトラップに引っ掛かるように踏んづけては痛点に当たり飛び上がる。そして「自分のオモチャは自分のオモチャ箱に片付けんかぁ~!」と私は怒鳴る。更に「パパが子供の頃はなぁ~!」と話し出すと9才の長女が間髪入れずに「はいはい!パパが初めてオモチャを買ってもらったのは4才で1日中、パンチして蹴ってたんでしょ!知ってますぅ~♪」と・・・もう、キィー――(怒)である。
私が5才の時、目黒という所に引越をして部屋も2DKに昇格!トイレも共同ではない自分たちのトイレとなった。そして幼稚園児となり登園初日!ある程度、園庭で遊んだ私は喉が渇いて水道の水を飲んだ。しかし『THE昭和のサビ水』で(昔は水道管が鉄製でよく赤サビ水が出た)おいしくないなと思った瞬間!隣の蛇口で足を洗っている園児がいて、私は(コレは飲み水じゃないんだ)と思い幼稚園を抜け出し家に水を飲みに帰った。行きは幼稚園バスで行ったものの家と幼稚園は3kmほど離れていて道草しながらの5才の足では2時間ぐらい?かかった。交通量の多い、複雑な道を迷うことなくテクテク歩き私は落ち着いていた。大騒ぎだったのは幼稚園と、電話を受けた母である。「ただいまぁ~♪水飲みに帰ってき・・・」と言いかけたが、心配と安堵感から繰り出された母の平手打ちで私は吹っ飛んだ。・・・登園初日の思い出である。
さて我が家の子供たちは~朝から晩までスマホにタブレットでゲーム三昧!YouTube三昧!ガタ落ちの視力低下で~外に出て遊びなさい!といっても熱中症で命の危険を伴う、このご時世・・・。ふと目をやると、まだ3ちゃいの娘がスマホに指をスイスイと動かしている・・・タップ・スワイプ・フリックをお菓子食べながら画面をベタベタにしながら平然と操作している・・・俺はパンチとキックしかしてこなかったのに・・・
私の子供時代と今の子供時代、どちらが良い時代なのだろうか?どっちが便利で、実はどっちが不便なのだろう・・・どちらが心豊かで、どちらが・・・。イーブン(互角)か?良い事も悪い事もイーブン(対等)なのか?いや、もうやめよう・・・抗(あらが)う事なく受け止めよう。生まれ落ちた【時代】は選べないのだから。仕事も、そうであって・・・今を必死に生きていこう。
第294号 NO LIMIT! 2
| 第294号 NO LIMIT! 2 |
writer:太 田 敏 浩
令和の米騒動で米の価格高騰が続いています。備蓄米を放出すれば古古古米の味が云々騒がれる始末。僕はお米がいただけるだけで『ありがた山の寒がらす』です。←マジ寒。米農家の皆様には分野は違えど同じ製造業に携わる身としてこれからも美味しいお米を作り続けてもらいたいと切に願うばかりです。さて!【来年は胸を張ってウルトラランナーだと言えるように限界の高みを目指したいと思います!】これは前回の僕の記事の結びの文章です。そして今年の飛騨高山ウルトラマラソン100キロに参加してきました。果たして太田は真のウルトラランナーになれたのか!以下、【NO LIMIT!】の続編【NO LIMIT! 2】になります。

遡(さかのぼ)ること今年の1月、にしおマラソンでの事です。20キロ地点を過ぎてから激しい右膝痛に襲われました。何とか完走したものの帰路の途中、豊橋駅に着いて席から立ち上がると右足の爪先が地面に当たっただけで膝の激痛で腰から落ちそうになり、何とか電車からは降りたものの一歩も動けません。結局【名鉄の駅員さん】のご好意に甘えさせていただき車椅子で駐車場まで運んでもらいました。駅員さんにこの場をお借りして厚く感謝申し上げます。次の日に病院でレントゲンを撮り診察結果を聞くと、骨や軟骨には異常が無いとのこと。炎症で膝に水が溜まっているとのことでした。こんなに痛いのに異常が無いことに驚き、そして安堵しました。しかし異常が無いとはいえ、4月になっても痛みで膝が曲がらなくて屈伸も出来ない状態です。本番まであと2カ月。もうウルトラマラソンには間に合わないと諦めかけていましたが、お客様の「NO LIMIT!読んだよ!」の声に一念発起!あと2ヶ月しかないけど気合を入れ直しました。会社帰りに整体でマッサージと電気治療に通い、走れないなら筋トレだけでもやろうと日々取り組みました。最後の仕上げは整体で膝にテーピングです。出来るだけの準備をして、いざ飛騨高山へ!
6月9日天候曇り。いよいよ本番がやってきました。スタート地点に整列します。スタート前でもゴールが100キロ先という実感は湧きませんが、これから何が起きるのか高揚感が堪りません。またここに帰ってきた。今年の自分はどこまで行けるのか。スタート10秒前から皆んなで手拍子を始め、拍手しながらスタートを切ります。制限時間は14時間なのでざっくりと1時間に7キロを目安にペースを刻みます。途中、抜きつ抜かれつの青年に「ずっと自分と同じくらいのペースですね。頑張りましょう!」と声を掛けられ、その後もお互いに追い抜く時には声を掛け合って前へ前へ。練習不足は如実でアップダウンの激しいコースに脚が止まりかけます。そんな時、追い抜かれ際の青年のエールに支えられながら辿り着いた50キロ地点、7時間を超えていました。100キロ完走の淡い希望はここで断念して、飛騨牛のエイドステーションを目指します。ここまで頑張った右膝は下りでピキピキし始めたので下りも歩きます。膝がここまで持ったのはテーピングのおかげです!先生ありがとう!僕の膝もよくがんばりました!声を掛け合った青年には暫く会わなかったけど、また前方に2人で話しながら歩いている青年が見えてきました。青年と合流すると次の関門は間に合わないからと心が折れた感じでした。「あと5キロだからここまできたら飛騨牛を食べに行こう!」と誘い、気持ちを入れ替えて3人で歩を進めました。脚の痛みを忘れて会話の花を咲かせ、やっと辿り着いた関門前。3人で記念写真をパシャリ。(H君、M君、楽しい5キロをありがとう。来年こそはゴールで写真を撮ろう!)飛騨牛に舌鼓を打ちバスに回収されてゴールまで移動しました。今年の飛騨高山ウルトラマラソンは57.2キロで終了になりますが、沢山の感謝で辿り着いた今回のゴールは完走とは違う満足がありました。
次の日の朝、宿を出る時に同宿のランナーさんから「ランナーさんですか?お疲れ様でした!」と声をかけてもらいました。その一言に元気をもらい、お互いを尊重出来るこの場所へまた来年帰って来るんだ!と心に誓いました。
さて、仕事も山あり谷ありのウルトラマラソンみたいなものです。余裕が有れば誰かを助け、余裕が無ければ誰かに助けてもらう。皆んなで支え合い、声を掛け合いながら成長していきたい。そして、その根っこにはお互いの尊重と感謝があってこそだと思います。
第293号 ポップ・ステップ・ジャンプ
| 第293号 ポップ・ステップ・ジャンプ |
writer:菅 沼 稔
『大阪・関西万博』が始まって1ヶ月半が経ちました開幕前はネガティブな報道が多かった印象ですが思いのほか盛り上がっているようです。会場全体を囲む『大屋根リング』は世界最大級の木造建造物で全長2キロメートルあるそうです。このところ運動不足でお腹周りの脂肪が気になりますので暑くなる前に行って歩いてみたいと思っています。

昨年の健康診断では脂肪肝傾向のコメントと共に尿酸値は3年連続の増加傾向を示し『痛風』が心配な今日この頃です。友人にも痛風経験者は多く、よく話題になるのですが尿酸値を下げるにはプリン体を控えることや適度な運動が良いそうです。私はほぼ毎日晩酌をしていますがビールは1本(350ml缶)と決めており、その後は焼酎にしています。焼酎にはプリン体が含まれていないから大丈夫と思っていたのですが、痛風友人が言うには「プリン体から尿酸が作られるのでプリン体の摂取を減らすのは正解だが、お酒よりも食品に多く含まれているし、そもそもアルコールに尿酸の排泄を低下させる作用があるので、お酒の種類にかかわらず飲酒すると尿酸が体内に蓄積しやすくなる!」との事。そんな話をビールジョッキ握りながら聞いているのですから、痛風まっしぐらの未来しか見えません・・・
さて、この『年代あるある健康トーク』はこのくらいにして話題を変えたいと思います。今や私達の生活に無くてはならない存在となった『コンビニ』です。24時間営業でお弁当や飲料水、生活雑貨の販売はもちろんのこと!銀行ATM・公共料金支払い・宅配便受付・チケット販売・行政サービス等、出来ることが年々増えています。我が家では妻がコンビニで働いていることもありコンビニ関連の話題が多く新商品の情報があると、いち早く教えてくれますしスイーツ関係は新商品が発売するとすぐに買ってきて試食会が始まります。お客様に味の説明をする為だそうです。「ただのスイーツ好きだろ!」と突っ込みつつ私も甘いもの好きの次男と一緒になって試食するのですが、最近のコンビニスイーツは侮れません!ケーキ屋さんで買うのと遜色ない品質で、しかも流行をいち早く取り入れた商品がどんどん出てきます。そんな誘惑だらけの職場ですので妻は仕事帰りに高頻度でスイーツを買って来ます。こんな環境では脂肪肝にもなりますよね!『なんちゃってマラソンランナー』の私程度の運動量では脂肪の消費が追いつきません。
さて、皆さん『POP』ってご存じでしょうか?製造業でいう生産管理システムの“Point of production”ではなく今回はサービス業での“Point of purchase advertising”を略した『POP』で【ポップ】と呼ばれており商品名や価格、商品説明等を表示して販売促進を促すものでコンビニやスーパー等で見かけたことがあるかと思います。この【ポップ作り】に妻が本気の夢中なのです。初めは皆が嫌がるので仕方なく作っていた様ですが、やり始めたら楽しくなって教本を読みあさり買い物中に見かけた気になるものがあると写真に撮って参考にしてと、かなりの熱の入れようです。力作が出来ると私にも「店に見に来て欲しい!」と言うので何度か見に行きましたが、日に日に上達しているのが分かります。今では平面のタイプだけではなく立体的なパターンもあり、休日には私も手伝わされることもしばしば・・・仕事というより、もはや趣味です。
妻が言うにはコレひとつで売上が全然違うようで、発注間違いで大量に仕入れてしまった時でも【ポップ】でのアピールと声掛けで売り切る事ができると鼻の穴を膨らませながら豪語しています。最近では私も買い物中に見かけるとつい目が行ってしまいます。思わず笑ってしまうようなコメントや個性豊かな形状でアピールしたもの等、色んな工夫があり感心してしまいます。業種は違いますが我々の製造業においてもお客様に知って頂くこと、興味をもって頂くことがいかに大事かを考えさせられます。さあ【ポップ】作って「ポップ・ステップ・ジャンプ♪」なんつって!
第292号 人生チョイス
| 第292号 人生チョイス |
writer:彦 坂 訓 克
5月になるとよく『五月晴れ』という言葉を耳にしませんか?5月頃のよく晴れた天気という意味で使われることが多いようですが、元々は『梅雨の晴れ間』という意味で使われる言葉のようです。最近では梅雨らしい梅雨時期がなく五月晴れどころか、春が過ぎたら梅雨時期を飛ばしてすぐ真夏で『猛暑』という感覚でしか有りません。この記事を書いている今も既に気温は今年初の『夏日』とか・・・。昨年に続き今年の夏も連日『猛暑日』が続きそうな気配がします。また、新たな環境がスタートした4月を越え、疲れが出てしまう時期でもあり、5月の連休後に『学校や会社に行きたくない』『眠れない』『何事にも集中できない』など、多くの人が受験や就職などの大きな目標を達成したことで『燃え尽き症候群』のような状態に陥ってしまうのを総称して『五月病』と呼ぶそうです。気持ちをリフレッシュすることや、心身の疲れを取ることができる【選択】ができると良いですね。

人は【選択】をしなければならない場面がいつも起こり続けています。日常で起こる些細な事から、時にはその先の人生に大きな影響を及ぼす【人生の岐路】ともいえる選択もあるでしょう。例えば、些細な事(注:個人の感想です)では、今日の夕食何にしよう?とか、今日はどんな服を着よう?とかなどネットで調べたら、なんと1日に最大3万5,000回の選択(決断)をしているそうです。今回はその多い決断の中で人生の岐路ともいえる選択を私の人生を振り返って(思い出に浸りながら)綴っていきたいと思います。
普通に地域の小中学校に通い、敷かれたレール通りの義務教育課程を過ごして中学3年には、卒業後の【進路】を決める時期が訪れてきました。私の父親は職人で建築業を個人で営んでおりました。私は子供の頃から父親の仕事(職人)になんとなく?憧れもあり、長男だったので単純に家(仕事)を継ぐことを選択するべきではないのかと思っていました。当時の私は職人に学歴はいらない(注:個人の感想です)、家を継ぐ道(職人への道)に進むのなら高校で3年間も学業に時間を費やすより少しでも早く小僧(今では使われないかも…)に出て、手に職をつけるべきと考えていました。父親にその旨を伝えると「これから先、個人の職人では仕事が減少し生活が不安定になり、食べていけなってしまう。進学してお前の好きな事をやっていけば良い」と父親は、家を継ぐ事に賛成ではありませんでした(押し切ってまで家を継ぐ意志は持っていませんでした・・・)。進学についてどの学校に進もうか?ということではなく、社会人か?学生か?が、私にとっての人生の岐路といえる最初の選択だったのではないかと思い出されます。
今の様にスマホやインターネットなどは当然無く『マイコン』と呼ばれるコンピュータが一般家庭に少しずつ浸透し始めてきていた時代だったと思います。私はこのデジタル制御のプログラムやフローチャート(制御)に興味を持っていて、電気関係に少しでも携わって行きたいと思い工業高校に進学することを決めました。入学してからは真面目に勉強する訳でもなく、部活にも入って専念する訳でもなく・・・という高校生活を送りながら進路を決めないといけない時期がやって来ました。私は進学するという考えはなく、就職先(社会人としてのスタート)をどうするかの選択でした。地域柄、自動車関連の会社が多く色々迷いもありましたが、その頃に父親の仕事の関係で『三和機工』とのご縁を頂き、電気関係の仕事にも携わる事が出来ることも有って、縁に甘えてお世話になることになりました。
1999年には、私達夫婦に息子が誕生しました。この頃は実家に同居していたのですが、別居する事を考えており借家か持ち家かと悩み【選択】している時期でした。当然、家を持つ様な資金は無くこの先、何十年という借金を抱えていくことになることや別居について妻や両親の理解も有り、翌年には家を持つことが出来ました。。
人は『選択』をしなければならない場面がいつも起こり続けています。「あの時はこれで良かったのか?」「あの時こうしていれば良かったのかもしれない?」そんな風に思ったことはありませんか?私でいえば「職人の道に進むべきだったのか?」「違う会社に就職していたらどうなっていたのか?」「親と同居すべきだったのか?」です。答えを選んだ後、その答えが正解だったかどうかに不安になってしまう事ばかりです。【パラレルワールド】ご存知の方も多いと思いますが、ある世界(時空)から分岐し、それに並行して存在する別の世界(時空)を指します。映画やドラマなどで、過去に戻ってある場面をやり直すことで違う現実が展開していくというやつですが残念ながら現実では私たちは過去に戻り、やり直すことはできません。しかし『今』をどうするかは【選択】できます。つまり『今』を過去の延長線上のような振る舞いをするのか、新しい自分として振る舞うのかで次の展開が変わり始めるわけです。大切なのは【今】どう考え、生きることだと思います。。
第291号 しくじらない?先生
| 第291号 しくじらない?先生 |
writer:杉 浦 剛
ようやく寒い冬も終わりが近づきやっと過ごしやすい季節となってきました。今年の冬は近年稀にみる厳冬だったので、寒さが苦手な私は出来る限り外出を避けていました。気候が良くなってきたので気軽に外出もしたいのですが、ガソリン代やレジャー費の高騰により今度は私の懐が寒くなってしまうので当分の間は外出をなるべく控え、出費を抑えようと思っています。外出しなくても光熱費や食料品などのあらゆる生活必需品の高騰もあり、このまま物価高が続くのであれば税金の減額や国からの補助金等を望むのは私に限らず誰もが望む事ではないでしょうか?

話しは変わりますが4月といえば新生活が始まる時期であり入学式や入社式等、様々なイベントが思い浮かびます。かくいう私も学生時代に『自動車整備士』になりたくて高校卒業後、某自動車ディーラーへ就職しました。整備士を志望して入社したのですが入社式を終えた後に当時面接をして頂いた部長から「今年は自衛隊出身の整備士が2名入社し整備士は足りているので杉浦君は『部品課』に配属になります」と言われました。内心「えー今更かよ!」と思いながらもしぶしぶ承諾し、新社会人のスタートとなりました。私が入社した当時の部品課は久しぶりの新人だったので先輩方からとても親切にご指導や気にかけていただいたのですが、私のやりたかった仕事ではないとの思いから【遅刻】や【欠勤】を皆さんに迷惑をかけている事と感じずにやってしまっていました。そんな時、私の事を実子の様に面倒を見てくれた叔父から「事務系より技術系の方が向いている!」と勧められ『電気関係』の仕事で手に職をつけていこうと決意しました。再就職した頃は、まだ遊び最優先で仕事は言われる事をやるぐらいでしたが20代半ばを過ぎた頃に当時付き合っていた彼女との将来や生活の事を考える様になり、【遊び優先】から【仕事優先】への意識の変化が訪れました。
そんな心変わりが功を奏して【技術】や【知識】が日に日に身についていき仕事も楽しいと感じるようになっていき重要な案件も任される様になり充実した日々を送れるようになりました。当時は主に『制御盤製作』と『配線工事』を行っていましたが(もっとスキルの幅を広げないと…)と考える様になり30代半ばに思い切って『電気設計』にチャレンジする事を決意しました。電気設計の仕事とは主に工場内にて稼働する様々な設備や工作機械などの『電気回路図』の作図や『PLCのプログラム作成』『試運転調整』等、多岐にわたります。不安でしたが早く仕事を覚えて会社や同僚の力になれる様に頑張って勉強したもののそんな簡単に覚えられる訳もなく何度も心が折れそうな時もありましたが、それでも自分が決めた事なので先輩方に解らない事は聞きながらレベルを上げていきました。数年間は苦労しましたが、頑張った甲斐もあり一人で仕事をこなしていける様になりました。
時は過ぎ三和機工に入社して17年が経ちました。人生の折り返し地点を通り越し、社会人としての人生も残り少なくなってきたなと痛感するこの頃ですが数年前から掲げている目標が有ります。それは【若手の育成】です。以前は自分のスキルアップだけが目標でしたが、年を重ねるにつれ体の衰えを痛感する様になり『制御係』の未来を若いメンバーに託そうという思いが強くなってきました。『電気設計』の仕事を覚えるには時間がかかります。特に『PLCプログラム』は難易度が高く、自身で組んだプログラムを思い通りに制御できる様になるまでには『教えてもらう』だけではなく『自分自身』で【経験値】を積んでいかないとなかなか身に付きません。時間は掛かると思いますが今までの『自分自身』の【経験】と【知識】を若いメンバーに伝授し、成長を見守るのが私の【責任ある襷の受け渡し】だと切に感じています。


