Archive for the ‘三和新聞’ Category

【三和新聞】215号

2018-11-30
第215号 50ちゃいパパ父たん♪
writer: 新 妻 吾 郎

 もう『師走』へ突入である。月日は、アッという間に~坂を転げ落ちるようだ・・・が!今年、私はメモリアルイヤー♪満50ちゃいになってもぉーた!かの日本一の兵(つわもの)・真田幸村より、軍神・上杉謙信より!天下人・織田信長よりも!(皆、享年49)・・・彼らより長生きして、私はいったい何を成し得たのだろうと思いふけるが・・・偉人達と比べちゃアカンか。いや、アカンと思った時点で、負けで~それもアカンか。まぁ~さて今回は、そんなメモリアルイヤー50ちゃいの2018年を振り返ってみようと思う。あと、1ヶ月あるけれども・・・

 今だから話せるが、今年の初めは愛娘ひまりが何度も倒れて・・・参った。KOパンチでも喰らったかのように突然バターンと倒れる。前のめりに倒れ込んだり後ろにも。いきなりラーメンの丼ぶりに顔を突っ込んだり、風呂にうつぶせでプカーッと浮いてる時は流石に生きた心地がしなかった。てんかん発作なのか?病院で脳波や私の大嫌いなMRI検査もした。まだ2ちゃいだったので、ジッとしていられる筈もなく軽い睡眠薬の投与で昼寝もさせず~なんとか寝てくれと・・・。検査結果は『異常なし』異常が無くて1日7~8回も倒れますかと。不安を抱えながらも、縁(ゆかり)の有る南の島へ連れて行ったらパワースポットなのか?ピタリと倒れなくなった!帰ってスグ病院へ行っても、治った要因も『原因不明』&『人間の神秘』・・・とにかく、今現在は何事もなく~ホッと胸を撫で下ろした次第である。

 私の誕生日は7月11日のセブンイレブン♪7月10日(納豆の日)から8度目の富士山頂を目指した。事故ってから4年ぶりの富士登山、体力は大丈夫だろうかと不安もあったが一歩ずつ、一歩ずつ・・・噛み締めながら登り切り~7月11日セブンイレブンの御来光を全身に思いっ切り浴びて~思いっ切り疲れ果てて漏電。←充電しろよ。しかし、まだまだ行ける!と確信した。そして、北へ南へ東へ西へとバイクを走らせ日本全国を巡り廻った。夏の超猛暑日に商工会議所の青年部YEGサッカー同好会の全国大会が千葉県の柏であり30分ほどだったがピッチにも立てた。バイク同好会もフィッシング同好会も活発に活動参加し、日々『愛を知る県』の愛を知らされている。感謝。

 小学校から一緒で、高校ではバンドも組んだ仲間が今年の3月に逝ってしまった。本当にショックだった。三和で働いてくださった方も、バイク同好会の仲間も~バイク事故ではないが亡くなってしまった。家内の御祖父様も、つい先日・・・ご逝去された。本当に哀しい事ばかりだ。そして『死に別れ』も哀しいが『生き別れ』も哀しい。今年は【人】が本当に動いた年だ。売り手市場でもあるから出入りが激しい。若干『出』の方がウェイトは大きいか。とかく目移りする物に惑わされず、コレと決めたら一生!誇りを持って仕事を成し遂げる事が人生の幸せだと私は思う。大切な仕事仲間と仲間のご家庭までひっくるめて、みんなで力を合わせて!手と手を合わせて『幸せ(しわ合わせ)』になりたいと心から思い、願い、動いている。また各地、地震や豪雨そして台風による災害も多かった年でもあった。ウチも台風21&24号の直撃により停電、会社休業を余儀なくされた。地球全土で異常気象、地震・津波・タイフーン・・・地球自体が怒って、限界を迎えているかのようだ。私たちも台風のように予測がつくものと東海地震や南海トラフなど、いつ襲い掛かってくるかも予測し得ない天災に備えなければならない。色んな角度から苦難は続く。終わりは見えないが・・・ひとつ、またひとつと捌き切って生き抜いてゆかなければと心底思う。

 愛息の勇吾だが今年の1月に会った時、中2で既に背を抜かれていた。足は28cm・・・私、27.5cm。そして10月の半ば、中3剣道の試合で愛知に来たので会ったら、また一段とデカくなっていた。中学全国大会で準優勝し、頭は悪いが~剣1本で高校も剣道推薦で行けるようになり道を切り拓いた~更に!私と同じ『東海大学』付属の高校を選んでいた。猛烈な嬉しさと共に~今、親子喧嘩したらコイツに勝てるだろうか?とアホな事も考えていた。そして、ひまりも3ちゃいになり七五三祝いをした。そして~そして!ここで私事ですが↑ほぼ私事しかお伝えしておりませんが・・・今、家内のお腹に5ヶ月の生命を授かった事をお伝え致します♪・・・ひとつの命を宿すのに父たんマジで命懸け(汗)。単純計算で、この子が成人するまでに私は70 overであり、体の衰えに負けぬよう気力で『働き方改革』ならぬ『働き続ける方~改革』発動中。・・・少し早いですが、良い年をお迎えくださいませ。

【三和新聞】214号

2018-10-31
第214号 備えあれば憂いなし♪
writer: 菅 沼 稔

 朝夕すっかり涼しくなり収穫の秋を迎え、食べ物の美味しい季節となりました。秋と言えば私の趣味である釣りのベストシ-ズンなのですが、今年は何故か台風が週末に向けて日本にやってくる事が多く、私のホ-ムである『遠州灘』はいつも荒れており、なかなか釣りに行く事ができずにフラストレ-ションが溜まっております。『遠州灘』とは静岡の御前崎から愛知の伊良湖岬までの海域で、ウミガメが産卵に訪れる浜辺としても有名ですし、サーフィンの国際大会なども開催しているマリンスポ-ツのメッカでも有ります。とても綺麗な砂浜ですので、ぜひ訪れてみて下さい♪

 ここ最近は毎年のように異常気象だの猛暑などと騒がれており、何処かしらで最高気温を更新したというニュ-スをよく耳にしました。そして今年は台風の当り年!8月だけで8個も発生しており、実に14年ぶりの事だそうです。この9月にも大きな台風が2個、東海地方に上陸しました。どちらも日本列島を縦断し各地に多大な被害をもたらしましたが、私の住む『愛知県豊橋市』では9月末に発生した台風24号により10万戸以上が停電となり復旧に4日以上かかる所も有りました。突然の停電に懐中電灯すら準備していない我が家は大慌て!数年前に用意したはずの防災グッズが何処にあるか分からない・・・。スマホの明かりを頼りにやっと見つけた防災リュックの中では懐中電灯・サイレン・自家発電機能を備えた多機能ラジオも電池の液漏れを起こしている有様・・・。そんな中、懐中電灯も不足しており暗かった室内を長男がおもむろに空のペットボトルに水を入れて懐中電灯で照らし簡易ランタンを自作、部屋全体が明るくなり重宝しました。その役は私がやって家族から「お父さん!頼りになる~♪」なんて言われたかったなと思いつつ、成長した息子を頼もしく思いました。幸いにも我が家ではガス・水道が使えましたので、トイレと食事は事なきを得ましたが、電気が使えない事がこんなに不便なのかと痛感するとともに、防災時の【備えの大切さ】・・・身をもって感じました。

 さて、台風もさることながら災害で怖いのは【地震】と【津波】です。発生から進路・規模を天気予報で知る事が出来きる台風と違い、これだけ科学が発達した現在においても地震の発生予測は難しく事前に備える事ができません。ご存知の様に日本は地震大国。ここで少し地震のメカニズムをご紹介すると地球表面は厚さ100kmほどの巨大な岩盤プレ-ト10数枚に覆われており、このプレ-トは地表を覆っているだけではなく、プレ-ト自身が少しずつ動いています。折り重なるプレ-トが少しずつ動くことによって生じた歪(ひずみ)が限界を迎えた時、元に戻ろうとして反発する力が陸地に伝わり地震が起こるのだそうです。そして世界に10数枚しかないプレ-トのうち4枚が周りを覆っている日本は、いつ地震が起こってもおかしくない場所なのです。記憶に新しい所で言えば今年9月に起こった『北海道胆振東部地震』(ほっかいどういぶりとうぶじしん)、2016年の『熊本地震』、少しさかのぼって2011年の『東日本大震災』での地震による津波被害の映像は、まるで映画でも見ているかのようで・・・現実とは、とても思えませんでした。

 この東海地方では100~150年周期で起こると云われている『東海大地震』や『南海トラフ大地震』がすでに100年以上発生していないとの事で、30年以内に巨大地震が来る確率が70%以上とも云われています。各地で発生している大地震を【対岸の火事】と思わずに、そして自然災害のみならず、目まぐるしく変わる社会の中でいつか起こるかも知れない『リーマンショック』の様な経済の大地震にも耐えられるような準備と備えをして、大事な会社と何よりも大切な家族を守って行きたいと思います。

【三和新聞】213号

2018-09-30
第213号 リフォーム大作戦
writer: 小 谷 野 一 彦

 私の前号記事(205号)で父の免許返納の事を書きましたが、時を同じくして我が家では大きな計画が進行していました。2018年、結婚30周年を迎えるにあたり記念旅行や感謝の気持ちを込め身内を集めて食事会など、色々とイベントを考える中で家内から「家のリフォーム!」という言葉が発せられました。築32年の我が家は経年劣化や曳家による傷みがあるものの住むことに困るほどではないため、私自身まったく意識しておらず・・・少し驚きました。

 結婚当初から私の両親と同居し、家事をしてくれている家内が希望することならと思い、結婚30周年大プロジェクト【リフォーム大作戦】を決行することとしました。以前から考えていたのか家内は「ここはこうしたい!」「あそこはこうしたい!」と色々と計画があり、細かな所までよく考えているなと感心しながらも、「予算はどうする?」と互いに笑い合いました。リフォーム見学会や住宅展示場などを廻りながらイメージを膨らませ、何社かに的を絞って見積を依頼し、そのうちの1社が我々の希望する内容を解り易く『見える化』し技術的な裏付けもありましたので、そのメーカーにリフォームを依頼しました。工期は3ヶ月住まいをしながらではもっと長くかかるため、アパートへの引っ越しを余儀なくされ【リフォーム大作戦】は引っ越し準備から開始です。

 大して物が無いと高を括っていましたが始めて見ると、押し入れに押し込んであった色々な物が出るわ~出るわ!思い出に浸っている暇は無いと自分に言い聞かせ!片っ端から断舎利を行い!汗だくになりながら不要となった物をトラックに乗せ、資源化センターを何度も往復しました。家の中を空にしたら次は内装の解体です。初日の夕方どんな状況かと見に行くと、壁・床はすべて剥がされ柱がむき出しの状態で、32年住み慣れた部屋がたった1日で壊されていました・・・。よく信用を無くすことは簡単といいますが、壊すのはホント簡単なんだと実感し、少し切ない気持ちにもなりました。その後1日1日とリフォームが進み予定通り8月上旬に無事に完成入居の運びとなりました。

 さて、少し我が家のリフォーム内容を紹介したいと思います。リフォーム前は小柄な我が家の体に合わせ(笑)狭小玄関だったのですが土間を広げたことで奥行きも出て開放感を感じ【満足!】場所を取っていたくせに容量の小さかった下駄箱は、最上段は手が届かない高さまで棚があり収納力タップリの下駄箱に変身!これも【満足!】東から西に移した両親の部屋は和室からフローリングの洋室に変え、それぞれにベッドも備え付け寝起きを楽になるようにしたところ「楽に快適になったよ!」と両親は【大満足】・・・だと気を遣ってくれています。そしてメインはリビング!今まではキッチンとリビングが離れていたため『リビングにいる私』『キッチンにいる家内』では話がしたくても会話が出来ず、家内は不便だったらしく(私的にはお気に入りの時間だったのですが・・・)リビングとキッチンを一体化し、いつでも私を監視できるよう見通しの良い空間として家内は【大満足】そして『風呂・トイレ・和室』もリフォームし、家の中は新築か思える程全てが綺麗になり家族全員【大満足!】です!

 数えで54歳、来年は四捨五入すると60歳になってしまう還暦か~悪いことが起こらないようにと火防の神さま!『秋葉山本宮秋葉神社』にご祈祷を!と行ったところ、受付で『八方塞がり』と書かれた祈祷案内があり・・・対象の生まれ年にはナント私の昭和39年が入っていました・・・何をやっても八方塞がりの年・・・そんな年に一大決心して大掛かりなリフォームをしたのに大丈夫なんだろうか?知らなきゃよかった・・・しかし知ってしまったからには家のご祈祷と共に八方塞がりのご祈祷もシッカリお願い致しました。・・・何だか妙なオチが付いた感じです。

 さて、話を戻しますが我が家のリフォームは予想以上に快適で本当に【満足】しています。ところで皆さんも【満足】はよく社内で聞きますよね!今回私が感じたように三和機工が製造・販売する製品で、我々のお客様に【安心・満足】をして頂きたいと、常に考えて行動に移すことを心掛けて行きましょう!お客様に【満足】してもらい長く働けるよう、私は住宅ローンも始まったのでもっと頑張らねばならんからね!

【三和新聞】212号

2018-08-30
第212号 先祖を敬う
writer: 小 林 照 宜

 今年は記録的な猛暑が続いていましたが、皆さん如何お過ごしでしたでしょうか。昔は暑くても28度前後、年間を通しても30度を超える日は数える程しか無かったように思えます。ところがここ数年は30度を超える日が何日も連続し今年に関しては35度を超える日が続き、最高気温は埼玉県の熊谷で41.1度を記録しました。以前では考えられないような暑さです。熱中症で病院へ搬送される人の数も今年は過去最多だったそうです。我が家では朝、気温が高くなる前からエアコンを付けて夜寝る前までエアコンを付けっ放しにしたり、休日出掛ける時に水筒を忘れずに持って出るなど熱中症にならない様に注意していました。このような異常気象が年々酷くなっていくように思えて心配になってきます。

 夏になると、やって来るのが『お盆』。お盆になると実家の仏壇の前には沢山の位牌が並びます。私の実家は歴史だけは古く、一番古い位牌はなんと宝永5年の物まで有ります。西暦にすると1708年、日本の年号では江戸時代の徳川第5代将軍綱吉の時代になります。今をさかのぼること300年余り・・・その時の暮らしがどうだったのか、またその時代そのものに思いを馳せます。位牌の数は全部で35柱・・・300年という年数からすると少し少ない気がしますが、かなり昔のことですので、お寺で調べてもらってもよく解らなかったとの事です。我が家の代にすると相続的には私が長男なので、私が11代当主になります。これだけの歴史があるのならばさぞかし良い家柄と思いますが、何のことはない私の祖先は農民だったらしく、武将や富豪の末裔でもなく只の歴史の古い家なだけです。実家の仏間には昭和初期の頃からの先祖の写真が飾ってあります。私からみると高祖父(ひいひい爺さん)からの物が有ります。遺影が無かったので、私の父親が古い写真を探して大きく引き伸ばして飾ってあります。

 私の一番身近なご先祖様は祖父です。祖父は昔商売をしていた私の家に婿養子に入り朝から晩まで一生懸命に働いたそうです。父母の代になってからは商売で忙しかった父母に代わり『姉・私・弟』の世話もしてくれました。私たち『孫』の世話も落ち着き少し時間が出来てくるとボケ防止にと『株』を始め、家にいる時はいつもラジオの株式市況を聞いていました。私が24歳の時に亡くなりましたが80歳で亡くなる数日前までラジオを聞いていました。私が幼少の頃、証券会社に行く為に豊橋や名古屋へ連れて行ってもらった記憶があります。名古屋へ行く時は、わざわざ豊橋経由で私が好きだった名鉄の『パノラマカー』で行ってくれました。『パノラマカー』は運転席を2階に移した真っ赤な展望電車で、独特なミュージックホーンも印象的でした。名古屋へ行くと祖父の用事の済んだ後に東山動物園や栄のテレビ塔へ行ったりもしました。遠い所では大阪の万博にも連れて行ってくれた事もあります。当時、私は小学1年生で大変だったと思いますがよく連れて行ってくれたものだと今でも感謝しています。祖父の話も色々聞きました。1930年頃の『世界大恐慌』の時に蒲郡市内にある『弘法大師像』を1日1円をもらって造りに行った事。大勢の男手が集まって完成までに5年の歳月がかかったとも言っていました。第二次世界大戦時中に名古屋の工場へ召集されて、真っ赤に焼けた鉄の炉に落ちかけた事なども聞きました。お盆になると遺影を見て色々な事が、懐かしく思い出されます・・・。

 私の祖先には、歴史に名を刻むような人はいませんが、現在の私が有るのは先祖がいたからこそです。先祖を偲び尊ぶ、先祖を敬うことが大切だと思います。先祖だけではありません。偉大な功績を残した人々を含む先人が何を思い、何を成し得ようとしてきたかをよく考えて自分は何をしなければいけないかを導き出す必要があると思います。その上で自分を伸ばしていくこと、その意識を持つことが大事です。私たちの日々の仕事にも生かせるよう努力を積み重ねていきましょう。

【三和新聞】211号

2018-07-31
第211号 戦略&戦術
writer: 渡邉 啓史

 先月ワールドカップが幕を閉じました。ワールドカップが開催する前は日本の評価は低く、予選リーグの組内でも最下位と予想されていましたが、1戦目のコロンビアに勝利した時、予選リーグを突破できるのでは?と大きな期待に変わりました。2戦目のセネガルとは同点で終わり、ほぼ決勝トーナメントに行けるだろうと皆さんも思っていたのではないでしょうか。そしてメンバーをガラッと変えてきた3戦目!先に得点したのは、ポーランド!このままでは決勝トーナメントに勝ち上がれない雰囲気が漂ってきました・・・。何とか1点獲ってくれ!とテレビの前で応援していると同時刻に試合をしているセネガルとコロンビア戦でコロンビアが得点を獲ったと速報が入りました。そこから日本は『ゲーム展開(戦術)』を変え、決勝トーナメントに進む事が出来ました。

 さて、このゲームに関しましては、皆さん色んな捉え方があるかと思いますが、物足りなさを感じながらも監督の的確な【判断】により勝ち取った【結果】ではないでしょうか。決勝トーナメントでは優勝候補のベルギーに2点リードし、勝てるのでは?と興奮しつつテレビにかぶりついて観ていましたが、世界の壁は高く逆転負けとなってしまいました・・・代表選手の皆様!お疲れ様でした!!こうして寝不足だった私のワールドカップは幕を閉じました。団体競技では1人だけ優秀な人材がいても、その優秀な選手を活かせるチーム(組織力)が必要となり監督(指揮官)による【戦略・戦術】により勝利を勝ち取る事が出来ると感じさせられました。

 先日、小学生の息子が『親子で楽しもう☆スポーツ鬼ごっこ』という学校のイベント案内を持って帰ってきました。滅多にイベントに参加したがらない次男がどうしても参加したいと言うので、これを機に何かしらのやる気スイッチが入ればいいなと思い参加してきたのですが、皆さんは『スポーツ鬼ごっこ』をご存知でしょうか。従来の遊びの鬼ごっこに『戦術』や『戦略』を要するルールを加えた新しいスポーツ競技で、子供達の『コミュニケーション能力』や『チームワーク』、『勝負意識』を身に付けてもらう事を【目的】としたスポーツです。基本ルールは時間内にトレジャー(宝)を多く獲得したチームが勝ちとなり、相手の宝を取りに行きながら、自陣の宝を守ります。相手にタッチする時は必ず両手でしっかりとタッチし、タッチされたら自陣に戻り再スタートする事が出来ます。試合時間は5分間×2回(ハーフタイム2分間)を1チーム7人で行う競技です。まだ馴染みがないですが、豊橋市の小学校授業にも2017年から導入されているとの事でした。親子で同じチームかと思いきや、大人チームと子供チームに分かれての対戦となりました。まずは経験者の子供vs子供の試合を見てなるほど!と大体の試合の流れをつかんだ所で、我々、大人vs大人の順番が回ってきました。スタート前には小さなホワイトボードを渡され、チームにて戦術を立てます。私のチームは男(オッさん)2名と女性5名のチームで、攻め3人、守り4人の体制で臨み私は攻め側につきました・・・。

 子供に良いトコロをいっちょ見せたろか!と張り切る私・・・相手の守っている方にタッチされない様にフェイントをかけて宝を取りにいくが、思うように身体がついていかない・・・そして、転倒!恥ずかしい・・・違う所でも別のお父さん転倒!「怪我しないようにね!」と子供達(笑)5分間ほぼ走り続けてハーフタイムを迎えた。息が上がり!フラフラ状態!ルールではハーフタイム中に戦術を立て直す時間となっているが、それどころではない、かなりキツい・・・短すぎるぞ!ハーフタイム・・・水分補給をし続けて、後半戦スタート!引き続き攻め側で走り続ける私!5分間がとても長く感じながらも、何とか勝利を収めました。そして次はいよいよ子供達との対戦となりました! 1回目の経験を元に立てた戦術はそれなりに的中!攻め側の3人中2人がオトリでかき乱し、空いたスペースにもう1人が駆け込み宝をGET♪守りはマークする相手を決めてかき乱されない様にして攻め側がとにかく早く宝を獲るという、いかにもシンプルな戦術!それぞれの役割を遂行し見事に勝利を勝ち取った!大人げない大人たち(笑)子供からは冷めた視線が・・・何とか親の威厳を保つ事が出来たのではないでしょうか♪

 ワールドカップでは有名選手がそれぞれ各国のチームでプレーされましたが、有名選手を封じる事により得点出来なくなり、相手チームを【分析】し【戦術】を立てて勝利に繋げていたと思います。我々の仕事でもしっかりといろんな事を【分析】し【論理的】に【戦略・戦術】を立て、邁進していきましょう。

【三和新聞】210号

2018-06-30
第210号 どちてGIRL♪
writer: 新妻 吾郎

 アニメの『一休さん』に登場した『どちて坊や』・・・皆さん、御存じだろうか。何かにつけて「どちて?(どうして?)」と聞いてきて、一休さんを困らせたガキんちょである。成長期の子供にみられる『見るモノ・聞くモノ・触るモノ』五感からくる全てが不思議?と感じ、感受性の高さにより聞きまくって納得!自分の腑に落ちるよう、落とし込む為の『質問攻め責め行為』であり、侮れない相手である。最近の愛娘ひまりが正にソレであり・・・とにっかく!よく喋る。『どちて坊や』ならぬ『なんで嬢ちゃん』と云ったところか。何かにつけて「何してんの?」からの「なんで、してんの?」の波状攻撃。もう勘弁して!と思いつつ・・・とても単純な言葉で『物事の流れ』や、その【真髄】に迫る事をブスッ!と屈託のない笑顔で突いてくる。末恐ろしい~ガキんちょである・・・・・

 さて、繰り返すが「何してんの?」からの「なんで(それを)、してんの?(しているのか?)」と問われると、改めて考えさせられる所がある。例えば、一緒にお風呂に入り私が先に体を洗っている時!必殺の「何してんの?」「なんで、してんの?」が始まる。以後「なんで、してんの?」は果てしなく続くので割愛。「体を洗ってるんだよ。」「体をキレイにするためだよ♪」「・・・垢とか溜まるからだよ。」「お前にクサイ!って、言われない為だよっ!」・・・そう、私はクサイ!と言われたくないが為に体を洗っているのか?と、後から自問自答。ただ、この時ふと思う。最近~目の前で起きる事を頭ではサーッと通過して、動作に移ることが多くなっていやしないか?無造作に事は起こしても、深く考えているのだろうかと・・・

 『どちて?なんで?』と絶えず明確な【目的意識】を持つ事がとても大切であり、繰り返し作業の中でも~設計や部品手配、製作・組立・制御・検査の中でも『どちて・なんで』コレをしているのか。コレをするに当たり~もっと効率の良い!時間短縮による生産性の高い!頭のいい方法はないだろうか?と絶えず疑問に思い、それを考察し、どこに注力し、見極め、実行へ移すか・・・。それには頭の中で素早くプロセスやフローチャートを順序立てて、組み立てられる能力が極めて重要なのである。

 話しが少々お堅くなってきたので~チョット変えて、挿絵をご覧いただきたい。一休さんならぬ『吾っ休さん&どちてGIRL』はスルーしていただき『ライザップ-RIZAP-』ならぬ『サンワップ』のⒶ&Ⓑをご覧いただきたい・・・さて、あなたはⒶとⒷのどちらを見て『おっ、頑張ろう!』とお思いになるだろうか?これは先日のセミナーで聞いたパクリなのだが・・・Ⓐと思った方!Ⓐと思った方は、まず『ヤバい!頑張ろう!』と思ったハズである。このままではヤバい!なんとかせねば!と。コレは大きく分けてネガティブな考え方なようで、こうなってはイケナイ!こうならぬように・・・と、ある種KY(危険予知)しながら行動し、Ⓑに辿り着くまでに起こり得る危機を事前に予測し回避・クリアしながら前へ進むタイプ、だそうである。ではⒷと思った方!Ⓑと思った方は、まず『ヤバい♪頑張ろう♪』と思ったハズである。同じ文章のようだが、これはヤバい♪(若者言葉?)こうなろう♪と。コレは大きく分けてポジティブな考え方のようで、こうなりたい!こうなる為には何をすれば・・・と、ある種~明確なビジョンがそこにあり、それに向かってまっしぐら!何か問題が起きれば、その場その場で対応対処し突破して前へ進むタイプ・・・だそうである。AとBどちらも進むベクトルは同じだが、気の持ちよう~考え方は真逆である。さて、敢えて極端に分けた2パターンだが、あなたはどちらのパターンだっただろうか。

 私は、そのセミナーで問われた時~Ⓐを選んだ。時折、Ⓑのようにドォーン♪と行っちゃえ!的な事もあるが、皆様の生活を守る責任を果たすため、慎重かつ石橋を叩いて~決断を下す日々である。←あ、カッコイイこと言っちゃった。さて、カッコイイこと言っちゃった後に、今の私の体型は完全にⒶである。CGでチト膨らませてはいるが・・・完全にⒶなのである。さぁ~こちらの方も、頑張らねばっ!!

【三和新聞】209号

2018-05-30
第209号 異国の地での労働
writer: 杉 浦 秀 幸

 先日、フィリピンエンジニアが5名入社してきました。2年前にも設計エンジニアとして3名入社しており、外国籍のメンバーの比率も上がってきています。生産現場でのメンバーは以前から数名、在籍していますがエンジニアとしての入社は今回で2回目となり今後の活躍を期待しています。今回は、【異国の地で労働をする】ということについてお話ししたいと思います。

 現在、私が所属している『専用機製造部』ではお客様から依頼された機械を国内は勿論、海外にも出荷しています。そしてお客様の依頼により現地据え付け、調整工事も行いますので私も多くの海外出張を経験してきました。その時、強く感じたことは【日本は安全な国だ】ということです。最近では日本でも凶悪な犯罪が増えてきていますが、それでも海外に比べるとまだ安全だと感じます。私が13年前に東南アジア地域に出張した時の話です。休日の昼間に同僚と2人で買い物に出掛けた時に信号待ちをしていたところ、同僚のまわりに3人の男たちが近寄ってきて話しかけてきました。その後、同僚が急に「やめろ!」と怒鳴り彼らを突き飛ばしました。私は少し離れていたので何が起きたのか理解出来なかったのですが、後で話を聞いて驚きました。それは海外でよく使われるスリの手口だったのです。数人でターゲットの気を引いている間にもう1人が財布を盗もうとしたのです。

 私は以前、中国で財布が入ったカバンを置引きされた経験から出掛ける時には財布を持たずに現金をズボンの前ポケットに入れるようにしていました。同僚はウエストポーチをしていたので現地の彼らから見ると『この中にお金が入っている』と教えてくれているようなものだったのでしょう。実際、他の仲間も地下鉄でウエストポーチをしていて被害にあったそうです。日本では女性はカバンを肩から掛けて口を閉めず財布が外から見えるように入れてあったり、男性も長い財布をズボンの後ろポケットに入れている人もいます。それはあまりにも無防備なことで改めなくてはいけない事とは思いますが、そんな光景を目にする度にやはり【日本は安全な国】なんだと実感します。きっと日本で働く外国の方たちは日常生活が安全に過ごせることで仕事にも一生懸命取り組むことが出来るのではないでしょうか。

 もう一つ海外出張の時に感じたことは【言葉の壁】です。現地スタッフへの仕事の説明・食事・買い物などが当然すべて英語になります。今ではスマホの翻訳アプリなどがあるため便利になりましたが、以前は英会話の本を片手に伝えたい文章を調べたり、紙に書いて見せたりしていました。私は学生時代から英語が苦手でしたので、相手が言っていることが何となく解るようになってもそれを英語で答えることが難しく苦労しました。その上、発音が違うようで全く伝わらない事も多くありました。帰国すると必ず『英語を勉強しよう!』と思うのですが結局長続きせず、未だに苦手意識があります。私の場合は短期間の渡航が多く、数週間か長くても2ヶ月程度の滞在だったので何とか仕事を終えて帰国することが出来ました。しかし、長期滞在で日本の技術を学びに来ている外国の方たちは仕事に加えて住んでいる地域とのコミュニケーションも必要になってきます。その苦労と努力は計り知れないと思います。

 某テレビ番組で出川哲朗さんがアメリカでスタッフの協力なしで『自由の女神に1人で行く』という企画がありました。出川さんが必死に英単語を話しているのですが全く伝わらず苦労していました。それでもジェスチャーやイメージする単語を伝えていました。その結果最後には目的地に到着できたのです。私も出張へ行っている時はまさにコレと同じでした。大切なのは言葉が解らなくても伝えたい事を必死に表現することです。仕事においてもこれと同様な事が言えると思います。自分のやりたい事、伝えたい技術を言葉や行動で必死に表現し、また相手の意図もきちんと理解することが大切だと思います。【言葉の壁】がない会社の仲間と目的意識を同じにして【壁がない会社】にしていきたいものです。フィリピンエンジニアの皆さんは日本語、私たちは英語が話せるように頑張っていきましょう!

【三和新聞】208号

2018-04-29
第208号 春の風物詩
writer: 太 田 敏 浩

 地域ごとにそれぞれ春の風物詩があると思いますが、私の地元の風物詩といえば『ワカメ拾い』です(我が家でのみ風物詩扱いかもしれません)。私が子供の頃は、ワカメは自治会の貴重な収入源で、村中の大人が海に入ってワカメを収穫しトラックに載せて売りに行くという一大イベントでした。今では行事も無くなり、ワカメは自治会の『口開け』の合図を皮切りに個人での収穫を行うようになっています。私の父は毎年のワカメ取りを楽しみにしていて、『口開け』までの間、海の高台からワカメが群生しているところに狙いを定め、『口開け』の合図を、まさに口を開けて待っている人でした。寄る年波には勝てず、最近は海に入ることは無くなりましたが、浜辺に寄ったワカメ拾いは毎年の春先からの楽しみのようです。そんな海好きDNAを引き継いだ私ですが、これまで海に執着することなく生きてきたのですが・・・。

 私は昨年から毎朝、犬の散歩で足腰の鍛錬も兼ねて浜辺を歩くようになりました。冬の早朝は空っ風が身に沁みますが、浜辺に出ると北風は防風林に遮られ意外と快適です。そんな2月の初め頃、浜辺に流れ着いた小さなワカメを見つけ、拾って家に持ち帰りました。新ワカメは香りが若々しく、朝の味噌汁にうってつけですので家族にも喜ばれます。それからワカメを見つけると拾って帰る様になり、2月から3月へと月日が移るにつれ、日によっては驚くほど大量なワカメが流れ着くこともあり、ビニール袋をポケットに入れて散歩するようになりました。やがて持っていくビニール袋が一回り大きくなった頃、ワカメ拾いが朝の散歩の目的に変わっていました。その頃になると浜辺に寄ったワカメを狙うライバルも登場し始めます(主に、早起きお爺様&お婆様)。ライバルに負けじと日の出が早まるに従って目覚まし時計の設定時間も早まっていきました。次第に日の出前の薄暗い浜辺でも他の海藻の中からワカメを認識できる能力が備わっていきました。3月も終わりになるとワカメのシーズンも終わりに近づき、手ぶらで帰る日が一週間続いたりします。そんな4月の早朝、砂浜に大量のワカメが流れ着いている日がありました。4月のワカメは大きく成長して1本が2メートルを超える大物です!出勤前の朝から大汗をかきながらワカメを拾い集める自分はすっかりワカメ拾いにハマってしまったようです。今では家族に「もういらない!」と言われても拾わずにはいられなくなってしまいました。ワカメ拾いは私の仕事となり、今年の父はワカメ拾いに行っていません。今後の我が家でのワカメ拾いは私で定着のようです。

 つい最近、休日の昼間に犬の散歩で浜辺に出掛けてみると大潮で潮が引いて、いつもは海の中に隠れている岩場が海面から現れていました。岩にはぎっしりと付いたワカメが確認できます。今までせっせと拾っていたワカメは氷山の一角に過ぎなかったのです。お釈迦様の掌の孫悟空の気分ですが、ワカメの多い岩場に目星がついたので来年のワカメ拾いが今から楽しみです。

 楽しい時に脳内で分泌されるのが『やる気ホルモン』の『ドーパミン』です。ドーパミンはワクワクしたり、成功したりすると分泌される脳内伝達物質です。ワカメ拾いに一喜一憂している時、私の脳内ではドーパミンが盛んに分泌されていたことでしょう。仕事においても『探求心や想像力』を持ち続けることでドーパミンが分泌されてモチベーションや集中力が高まり、より良いモノづくりに繋がっていくと思います。今話題の『働き方改革』や『生産性の向上』にも一役買いそうですので仕事の中にワクワクを見つけることが大事だなと思います。

 以前、お客様との会食の席で「太田さんは何か作りたいものがありますか?」と問われたことがあります。その時は、その問いに答えられませんでしたが『モノづくりの楽しさ』ってそれなんだなと、すごくハッとさせられました。仕事に追われながらも『モノづくりは楽しい』という原点を忘れずにいたいものです。そしていつか!三和の『愛DEaBOX』にみんながワクワクするようなアイデアを投函したいですね♪

【三和新聞】207号

2018-03-30
第207号 Let’s cooking♪
writer: 菅 沼 稔

 寒さも和らぎ、今年もあっという間に4月となり進学のシ-ズンです。我が家の次男坊もこの春、中学を卒業し高校に進学します。「将来どんな仕事に就きたいの?」と聞くと返ってきた答えは『You Tuber(ユーチューバー)』でした。このところテレビでもたまに見かけるSNSに動画を公開して広告収入で生活している人達の事です。最近は中学生の【将来の夢ランキング】でも上位になっており、中には年収1億円以上を稼ぐ人もいるようで・・・情報社会が生んだ新しい職業です。そんな次男坊の受験シーズンの真っ只中に私、インフルエンザに罹(かか)ってしまいました・・・。

 毎年のようにインフル流行は訪れるものの幸いにも自分がなることが無かった為、油断していたのか?はたまた体力が落ちたのか?実に13年ぶりのインフルエンザでした。受験前の次男坊に移すワケにはいかない為、完全隔離を徹底し家族との連絡はスマホの『LINE』で行い、食事等の運搬係りは既にインフル完治の長男の役目!発熱中は奥さんとも顔を合わせていません。そんな隔離の最中、スマホで料理について勉強しておりました。実は最近少し・・・料理にハマっているのです。

 キッカケはコンビニのアルバイトに出掛ける妻に代わって日曜日の夕飯が私の担当になったことです。これまでも休日のお昼に子供達の為にチャ-ハンや焼きそばを作って奥さんのご機嫌を取ることは有りましたが、手の込んだ料理は皆無でした。しかし最近はスマホのアプリで検索すれば沢山の料理レシピが出てきます!私が知っている料理アプリといえば『クックパッド』くらいでしたが調べると色々なアプリがあり、今一番のお気に入りは『クラシル』というアプリです。これは料理レシピを早送りの1分動画でとても分かり易く紹介しており、凝った料理レシピに有りがちな聞いたこともない調味料や食材が無く!冷蔵庫の残り物を簡単に美味しくする事をコンセプトにしていてユーザ-の心をしっかりと掴んだアプリだと思います♪

 さて、先ほどのインフルエンザ療養中にスマホで【低温料理法】なるものを発見しました。これは料理研究家の『水島弘史シェフ』が提唱する料理法で、強火で調理するのが当たり前と思っていた野菜炒めやチャ-ハン等を低温で仕上げるような・・・これまでの常識を覆す!目からウロコのレシピを科学的な根拠に基づいて紹介しており、非常に興味を惹かれたので試してみました♪色々と紹介されているのですが、今回は自分が実際に試してとても感激した!低温加熱法の『寄せ鍋』について紹介したいと思います。

 まず始めに出汁を取るのですが、鍋に張った常温水に肉や魚の具材を入れ、弱火で65℃になるまで加熱し5分程この温度を保ちます。常温の水からゆっくり火を通すことで具材の旨味を最大限に引き出し、同時にアクや臭みも取り除ける様です。この後、具材を全て取り出してから90℃まで加熱して出汁を漉(こ)すのですが、この時!ビックリする量のアクが鍋底に張り付いています。これに塩味をつければ出汁は完成です。後はきれいに洗った鍋に出汁を戻して火を点ける前に野菜・キノコ・先ほど出汁を取った肉&魚すべての材料を入れて弱火で80℃まで加熱したら火を止め、蓋をして20分で完成です♪弱火でゆっくり加熱することで野菜の細胞を壊すことなく旨味を閉じ込められ、野菜本来の味をシャキシャキ食感で味わえるのです。ポイントは温度で、ゆっくりの加熱と沸騰させないことが重要なので私は温度計を買って理科の実験の如く!チャレンジしてみました♪肉も魚もプリプリ食感でポン酢をかけても良いのですが、出汁がしっかり出ているので塩味だけでとても美味しく!お勧めで~お試しあれです♪

 その他にも紹介されているレシピのどれもこれもが斬新で、一見『眉唾?』な調理法にも感じますが、味については試す価値アリです。さて、ここで話しは急展開ですが!仕事においても経験や知識が蓄積されるほど【固定観念】に縛られて物事を考えてしまいがちですが『物事の本質をしっかりと見極め』尚且つ、冒頭の『You Tuber』のように時代の波に乗れる様な【新しい道】を模索し、精進して参ります。

【三和新聞】206号

2018-02-28
第206号 続ける挨拶
writer: 彦坂 訓克

 今年の冬、17日間の大イベント。世界から集まった冬のアスリートたちが、金メダル獲得に挑み、日本選手団が獲得したメダル数も過去最多となった『平昌オリンピック』の幕が下りましたね。数多くの感動と興奮を与えてくれたオリンピックでしたが、今年の春は我が家でも感動と興奮のイベント?が有ります。一人息子が無事に高校卒業となり、4月からは【専門学校生活】が始まるのです。皆さんがこの記事を読む頃には卒業式を終えていることにはなりますが、またひとつ大人の階段を登るぅ~♪息子の成長をしっかり見届けたいと思います。(歳とったな~・・・)今回はそんな一人息子の【親ばか】思い出話をしたいと思います。

 私は子供の頃の育った所から離れていないので息子も自動的に幼稚園・小学校・中学校は私の母校と同じでした。高校についても進めた訳では無いのですが、当時の私と同じ様なことに興味を持ち、私の母校で(本人に言わせれば)勉学してきたそうです・・・。そんな同じ道を歩んできた息子も早いもので、もう18歳。何か特異な事が有るわけではないですが、挨拶はしっかり出来、人を思いやれる素直に育ってくれて良かったなあ~って安堵しています。(超親ばかです!)そんな素直な所は家内あっての事だと思っています。当たり前?かもしれませんが、家内は機嫌が悪そうな時でも朝は、【笑顔】で「おはよう!」出掛ける時には「行ってらっしゃい!」帰って来た時には「お帰り。お疲れ様~♪」と、必ず毎日挨拶を私や息子にしてくれます。欠かした事の覚えは有りません。私も息子が小さい頃から帰宅すると家内と息子に「ただいま~♪」息子の返事が無い時は「ただいま~!」「ただいま~!!」返事が有るまで言い続けた事もありました。そんな事で今では、朝は寝起きでぶっきらぼうの時が多いですが「おはよう~」私の帰宅が分かれば部屋から「お帰り~、お疲れ様~」と【癒しの声】がいつも聞こえてくるようになりました。

 若気の至りですが?私も子供だったな~(言い訳ですが・・・)息子に対して今でもすごく反省している事がいつも思い出されます。それは幼稚園に入った頃に『目覚まし』を頼んだ事が有りました。時間になると家内に言われ息子が「父ちゃん!時間だよ!起きて♪」って、起こそうとして私の顔を手でパンパン叩いてきました。その起こし方に何だがすごく怒りを感じてしまい、私はガバッ!と勢いよく起き、息子に「コラ~!てめ~!もっと違う起こし方できねーのか!!」って2~3発、ビンタってしまいました・・・。息子としては頼まれごとをしたのに怒られ、何が起こったか?何が悪かったのか?分からなかったのでしょう。泣くことも忘れ、顔面蒼白!固まっていました。とっても怖い思いが、もしかしてトラウマに?未だに「起こして~♪」って気軽に頼んでも絶対にこれだけは断られてしまいますし、私が寝ている近くでは、起こさない様にとても気を遣っているらしいです。(とても素直に育ってくれました・・・)

 また、一人でお風呂に入るようになった頃の話ですが、どちらが先に入るかで息子が先に入る事となり、私も早く入りたかったのですが、なかなか息子がお風呂から出てきた気配が有りませんでした。私は、しびれを切らし風呂場の様子を見に行くとなんと!息子はすでにお風呂を上がって自分の部屋に・・・「おーい。ちょっと来い!」息子を呼び出し「人が待っているのに出たら『出た!』ってちゃんと言わんとわからんだろ!!」「待ってる方の事もちゃんと考えろ!!」(この時は1発もビンタって無いですよ・・・)次の日からは、自分がお風呂入るのが最後だとしても、(私が不在の時でも)必ず毎日いつも「お風呂出たでね~」っと言って、教えてくれるようになりました。

 4月から新たな学校生活が始まりますが、家の中と同じように挨拶をしっかりして人を思いやり、大いに学び進んでこれからの人生に活かして欲しいと思います。

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