【三和新聞】42号

2004-05-01
第42号 創業時の精神

いやぁーまいった、まいった。とうとう順番が廻って来たというか、もう順番が廻っているというか・・・私は今、相当困惑している状態である。何故かというと、私は子供の時から絵を描く事と、文を書く事が大の苦手!絵も文章も上手くまとまらないのである。先に執筆したH常務曰く「テ-マが決まれば、スラスラだよ!」と、いとも簡単に仰る。しかし私はまだテ-マも決まらず、あれやこれやと考えている。原稿の締切日は刻々と迫って来る。実に困った。早く何とかしないと、編集長に小言を言われそうである。また、上手く書かないと次の執筆依頼もどうなる事やら・・・売れない作家の心境が解るような気持ちである。・・・さて、覚悟を決めて、いざ!開始。

5月【第66号】 創業時の精神

1973年。昭和のオイルショックにより勤務していたU製作所の東京工場が閉鎖する事に成り、退職者の中から18名が選ばれ、先代社長を中心に新しい会社として独立する事と成った。1975年(昭和50年)10月13日の朝8時前。五反田にあるホテルの地下喫茶店に、その18名が集結した。全員が揃って顔を合わせるのは初めてで、その日は正に、記念すべき新しい会社スタ-トの朝だった。我々はまだ新会社の名前や、今日からの仕事の内容等も何も知らされていない状態だったが、何の不安も感じなかったことを今もハッキリと憶えている。何故なら、先代社長より「俺はスバラシイ会社を作る!」という、その言葉を信じて、自分の意志で付いて行こうと決めたからである。

先代社長より新会社についての細かい説明が終わり、社名についての話があった。孟子曰く、<孟子(もうし)紀元前372年~紀元前289年の中国戦国時代の思想家>「天の時は 地の利に如かず 地の利は人の和に如かず」という諺があり、意味合いとしては「天のもたらす幸運は、地勢の有利さには及ばない。地勢の有利さは、人心一致には及ばない。」ということであり、会社というものは、一に「和」ニに「和」三にも「和」が必要不可欠であり、因って『三和機工株式会社』と命名する!と発表されたのである。我々はこの社名を胸にコ-ヒ-で乾杯をし、その場で二手に分かれ、一班はS社に長期出稼ぎ出社。もう一班は、これから間借りして仕事をする工場の改築や片付け作業を行う為に、西五反田の工場へと向かったのである。これが、三和機工スタ-トの朝の出来事である

早いもので、我ら三和機工株式会社は、来年には創業30年目を迎える事になる。自分自身を振り返り、創業の精神である「和」=「人心一致」という言葉を深く理解し、また行動に繋げる事が出来ていただろうか・・・どうだったのだろうか・・・。文献によると「和」という文字そのものには、温もり・和み・愛・平和・輪、等の多くの意味が含まれていると記載されている。さて、自分はどれだけの事が出来たのか・・・。コミュニケ-ションが一方通行になってはいなかったか、意見の相違をトコトン議論してお互いに理解し得ただろうか、イヤな事を同僚や部下に任せっきりでフォロ-を怠っていなかっただろうか、苦言するだけで後は知らん振りしていなかったか、部下の悩みをしっかり受け止め解決できたろうか・・・等々、数え上げれば切りが無いくらい、日々の中でどれだけの気配りが出来たのか・・・疑問である。ただひとつ、胸を張って言えることは、宴席でのコミュニケーションはバッチリである!これだけは100%自身有り!って、胸を張るほどでもないか・・・。

来年、三和機工は30年の節目を迎えるにあたり、避けては通れない<世代交代>という大きな流れの中に有ります。次世代を担うあなた方、人材は人財と云われる様に、我々規模の企業にとって、これは正に財産です。創業の精神を理解し、人と人の繋がりを大事にし「人心一致」に事を進めれば、不可能と思われる事でも可能に出来る力を持っています。頑張って、頑張って、頑張って、三和機工を盛り上げていきましょう!私もまだまだ現役、勿論頑張ります!

最後に、先代社長が事有るごとに言っておられた「何事にも愛情を持って接しろ!」という言葉が有ります。私はこの言葉が、三和機工創業時の精神の原点ではないかと思うのであります。

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