【三和新聞】33号

2003-08-01
第33号 小さな冒険

夏である。♪夏が来れば~思い出す♪訳でもないのだが~先日、写真の整理をしていたら懐かしい思い出が~それは私が大学1年生の夏休み!十代最後の夏に、何か思い出に残ることをやりたいな!と思い、当時【札幌】に住んでいた私は、198(イチキュッパ)で購入した~いわゆるギアチェンもない【ママチャリ】で【東京】へ向かったのである。

8月【第57号】 小さな冒険

寝袋を前のカゴに入れ、テントをサドルの下に括り付け、荷台には札幌から出発のクセに【宗谷岬(日本最北端)】の旗を立てて~いざ出陣!苫小牧からフェリーで青森県は八戸港に上陸した。リアス式海岸の方が海辺だし平坦だろうと無知な私は安易にルートを決め、そして地獄を見た。太平洋の断崖絶壁沿いを走ること2日間~もう電車に乗って帰ろうと思った。平坦の「へ」の字も無いその上り下りに、私は出発時に己に課したひとつの挑戦を早くも挫折したからである。それは「どんな上り坂があろうとも決して途中で地面に足は着かない!」ということだった。しかし現実は、ママチャリを押して歩いても転ぶ始末である。時にキレてチャリをガード下に投げ捨てもしたが、下り坂が来たときに役立つと思い直し、拾いに行くこと数回。そして、峠の途中で夜となり闇の世界へ。麓(ふもと)では夏祭りなのか、太鼓の音だけが山びこのように鳴り響き異様な恐怖。下り坂ともなれば少しは気分が晴れるが、どうもその気配もない。<孤独だ>

小一時間ほど歩くと、ロハ(無料)のキャンプ場に辿り着く。30半ばで、8名ほどの男達がバーべーキューを終え、飲んだくれていた。そして私に気づき話しかけてきてくれたのだ。「ドコから来た?」「札幌です」「メシは?」「食ってません」「よし!じゃあ買ってくるから待ってな!」その方々は二手に分かれ、一方は車で町まで買い出しに。一方は消した火をまた熾し、食事の準備をしてくれたのである。私は感動で涙が溢れた。肉や野菜をたらふく食べさせてもらい、また酒も御馳走になった。そして「金はいらない!気を付けて東京まで行けよ!この辺りは月の輪熊が出るからな!丁度、盛り時期だから雌は時速40kmほどで走るぞ!バイクなら音で逃げるが、君のこのチリンチリン♪(チャリのベル)じゃ~喰われるね!ワッハッハ!」・・・楽しく勇気づけられた時間であった。東京に戻ってから手紙でのお礼と写真交換をしたが、今はもう音信不通。16年も前のことである。思えば、あの方々の年齢に今、私が成っているのである・・・。

チャリは平均時速10kmで進んだ。なので1日100km程度である。札幌から東京まで(途中、仙台から山形の親戚家に寄り道をしたので)全走行距離は約1000km。途中、台風に2回当たり、車に1回当たり、コケた回数は数知れず、しかし擦り傷と打撲程度の怪我で済んだ。時に暗闇のトンネルでは~車に乗っている時は想像もつかぬ轟音で迫り来るトラックに轢き殺されるのではと恐怖に震え、時にチャリのライトに集まってきた虫を、口を開けて走っていたため食べたこと~数え切れず、時に車道の隅に追いやられた蝉の死骸に切なさを感じ、時に1日の目標距離の半分も走れない日もあった。そんな時、私を支えてくれたのは、なんと言っても【人との出会い】である。九州から歩いてきたという「君がチャリンコなら~俺はアリンコだね!焦らずゆっくり行こうよ!」と言った~やたら時間がありそうなオッちゃん。自分の応援している高校が甲子園で一勝したから気分が良いのよ!と言って餃子ひと皿サービスしてくれたラーメン屋のオバちゃん。「暑いだろ!コレ持ってきな!」とスポーツドリンクをくれた店番をしてたオジイちゃん。土砂降りの中、一緒に宿を探してくれたチョット不良っぽい男子生徒達・・・。幾度も挫けそうになる度、幾度も人に助けられた旅である。人生の縮図のような~【小さな冒険】である。

千葉県から東京に入る時、時刻はとっくに午前零時を廻っていた。しかし私は止まることなくチャリを走らせた。それは逸る気持ちは勿論のこと、何より景色がモノ凄いスピードで通り過ぎるからである。ずっと山や岬を基準にして走ってきた私にとって、都会のビルはアッという間に自分の後方へフッ飛ぶのである。なので走った。

夜が白々と明ける頃~私は実家に辿り着いた。何とも言えない充実感と達成感が「やったぁ~!」という大声と私の両腕を挙げさせた。その瞬間、実家の玄関がパッと明るくなり「おめでとう!」とお袋と妹が、新聞の広告を切り刻んで作った紙吹雪と、「でかした!完走!」という、紙で作った垂れ幕を投げながら飛び出してきたのである。私はまた感動して涙が溢れそうになったその瞬間!母が「よくやったけど~朝っぱらからウルサイよ!ご近所様に御迷惑だろ!」と言って渡されたのが~ホウキとチリ取り・・・。午前4時35分。札幌を出て、11日目の朝のことである。

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