【三和新聞】189号

2016-08-31
第189号 『バスケがしたいです・・・』
writer: 渡辺 健二

2016年9月スポーツ界に新たな歴史が刻まれる!日本男子バスケットボール統一リーグ『Bリーグ』開幕です。我々が拠点を置く豊橋にもプロバスケチームがあります。皆さんご存知の『フェニックス』です。昨年のbjリーグでは『浜松東三河フェニックス』でしたが、Bリーグでは新ネーム『三遠ネオフェニックス』となります。三遠というマイナーな地名ですがフェニックスが全国区にし、地域活性の一翼を担ってくれることでしょう。今回は、おそらく三和イチのバスケ好きの僕がバスケの魅力を語りたいと思います。

バスケットボールの世界競技者人口はご存知ですか?その数4億5000万人でサッカー人口の2億6000万人を大きく上回っています。意外でしょ!?一方、日本国内競技者数は、サッカー96万人に対しバスケ62万人で、サッカーの圧勝です。日本にはJリーグがありますからね。しかしJリーグが発足する前の国内サッカー競技者数は69万人でした。現在のバスケと大差ないのです。Bリーグ発足によってバスケ人口がサッカー人口を上回る!ということも不可能ではありません。このBリーグ発足に尽力したお方がJリーグを発足させ成功に導いた川淵三郎氏です。Bリーグのトップスポンサーにはソフトバンクが決定しました。あの孫正義がバスケに将来性を感じ120億円もつぎ込んだのです。開幕戦の地上波テレビ放送(フジテレビ系にて、ゲストに広瀬姉妹・・・僕はアリス派です・・・)も決まっています。いかがですか?バスケの大いなる可能性、感じていただけましたか?

そもそも僕のバスケの原点は小学生の時に体育の授業で教わったバスケです。当時はシュートを決める事が楽しい、という感覚だけでした。残念ながら僕が通っていた学校にはバスケ部がなく、大学サークルでの遊び程度の経験しかありません。が、僕の中学・高校時代は、あの名作がジャンプで連載されていた時代でした。それは『スラムダンク』です。不良学生の主人公、桜木花道がバスケに出会い成長していく様を描いた漫画です。この漫画はアニメ化もされ、当時のバスケ競技者数を増加させました。現役選手にも『スラムダンク』の影響を受けた人が多く、日本人初の元NBA選手、田臥勇太もそのひとりです。青春時代、僕は何度も『スラムダンク』の単行本を読み返しました。そしてバスケへの想いを募らせていったのです。

また僕の嫁は高校時代バスケ部で『スラムダンク』好きでした。当然のように夫婦で息子にはバスケを!夫婦の想いは息子に託したい!という話になるわけです。ただ息子に押し付ける形でバスケをさせるのは如何なものか、と息子がバスケ好きになる様、彼が幼稚園年長になると仕込みを始めました。それは名作『スラムダンク』のアニメを見せる事でした。毎日夕食時に1話ずつ、これが日課となり僕の仕込み(洗脳?)は見事成功!息子ついでに娘も、スーパーで買い物時に「♪世界が終るまでは~♪」(スラムダンクのエンディングテーマby WANDS)と歌うまでに成長しました。ここまで来ると、さすがに恥ずかしい・・・

息子は現在、小学2年生で、ふたつのクラブに所属しています。地元のクラブチームとフェニックス主催のクラブチームです。毎週月・木・土が地元クラブへ、火曜日にフェニックスのクラブで汗を流しています。週4日も練習させていますので同学年では上手いほうかと思います。このまま順調に成長してくれれば将来有望!?幸い息子自身もバスケが好きなようで今のところは「嫌だ」とは言いません。しかし先日、大事件が・・・「サッカーやりたい!」との息子の発言・・・夫婦ショックで言葉が出ませんでした。しかし息子が自らやりたいと言ったことには応えてあげなくては・・・。そして現在サッカークラブへの加入も検討中です。と同時にバスケにもっと目を向けさせる次の仕込みも考え中です。

さて話はフェニックスに戻ります。皆さんはフェニックスの試合を観たことありますか。僕は初めて観戦した時、会場の盛り上がりや派手な演出、1秒たりとも目が離せない試合展開に圧倒され感動を覚えました。僕は直ぐにフェニックスのファンクラブ(ブースタークラブという)に加入しました。そして今では豊橋で行われる試合の半分を観戦するまでの身の入れようとなりました。僕が覚えた感動を皆さんにも味わって頂きたいです。皆さん9月24日はフェニックスの開幕戦、豊橋総合体育館に集合ですよ!

今回はスラムダンクの名言で締めたいと思います。

「最後まで…希望を捨てちゃいかん あきらめたら そこで試合終了だよ」

 

 

Copyright(c) 2009 SANWA KIKO CO.LTD All Rights Reserved. Design by 三和機工株式会社