Archive for the ‘三和新聞’ Category

【三和新聞】202号

2017-10-31
第202号 やる気スイッチ
writer: 渡辺 健二

 「早く着替えて!準備して!」と嫁の声が響く渡辺家の朝。この声は我が娘(名前は菜乃)に向かってほぼ毎日放たれています。娘は幼稚園年長で来年からは小学生。そろそろ『自分の事は自分でやる!』という事を学んでほしいものです。しかしマイペースな娘はいつもリビングでゴロゴロするか、ボケーっと座っているだけでなかなか動こうとしません。あまりに動かない娘に対し僕が「菜乃!」と一喝入れると泣き出す始末。こうして父親を無視する娘が出来上がっていく訳です・・・(涙)

 娘の『やる気スイッチ』はどこにあるのでしょうか?そんな日々を過ごす中ある1人の人物が頭に浮かびました。その人物は東京大学・大学院・薬学系研究科の池谷裕二先生です。この先生は薬学系研究科所属なのですが脳科学も研究しているという異色な方です。以前この先生の講演を聞いたことが有り、その講演が非常に興味深いものでしたので皆さんに共有したいと思います。
 
 さて、皆さん!『脳が体に指令を出す』という事を聞いたことはありませんか?この考えは脳科学的には逆に考えられることが多いそうです。『体が動いて脳が判断』だそうです。このことが証明された実験があります。鉛筆を口でくわえながら漫画を読む実験です。鉛筆のくわえ方を『①棒を縦にしてくわえる』『②棒を横にしてくわえる』と2通りで同じ漫画を読みます。そしてどちらのくわえ方が漫画をより面白く感じるか?を調べたのです。この実験でより面白く感じたのは『②棒を横にしてくわえる』でした。横にくわえると口角が上がりますよね。つまり笑った時の顔に近くなり漫画の面白さもアップするという事です。脳が体から得た情報(つまり口角が上がるのは面白い時である)を記憶していて面白いと判断したのです。『笑うから面白い』言い換えると『体が動いて脳が判断』という事が証明された実験でした。

 もうひとつ今度は皆さんへの実験です。今回の挿絵の中に白黒の格子柄の上に緑の円柱が立っている絵があります。その中のAとBの色を比べてください。Aの方が濃く見えますよね。しかしAとBは同じ色なのです。そんなの嘘だ!と思われる方、周りの絵を全て隠してAとBだけを見てください。きっと「おぉー!」と言って納得していただけると思います。何故、このような事が起きるのでしょうか。そもそも人間の目が捉えることができる画素数は約100万画素だそうです。100万画素といったらデジカメが出始めたころじゃないですか!今では携帯電話でも1,000万画素が出ているのに。人間の100万画素の目では世の中のあらゆるものがモザイク状に、またはファミコンのドット絵の様に見えるのが普通です。しかしそこは脳が都合よく修正をかけてくれているため、僕たちはきれいな景色を見ることができるのです。そもそも脳は頭蓋骨に覆われ外の世界のことを何も知らないし自ら動くこともできないので、体や五感を使って(時に第六感を働かせ?)情報を仕入れるしかないのです。そして脳は外から得た情報を自分の都合の良いように解釈してしまう厄介なヤツなのです。

 では『やる気』はどうしたら出るのでしょう?その答えは脳を騙すことにあるようです。池谷先生は講演の中で【やれば、やる気は出る!】と言われました。例えば掃除、面倒くさいなぁと思っていても、いざ始めると夢中になって隅々までやってしまう。こんな経験したことありませんか。体を動かせば脳もその気になるという事です。さて話は娘の事に戻りましょう。池谷先生の理論を使って娘を動かそうと試みました。朝トイレに行くのも面倒くさがる娘は寝室から出てきてリビングでゴロゴロ。そこで僕は娘の両腕を持ち上げ強制的に立たせ、お尻をポンッと軽くたたいてみました。すると・・・なんということでしょう!娘がトイレに向かって歩き出したのです。トイレから戻ってきた娘は、またリビングでゴロゴロ。そこで僕は娘の上着の片腕を強制的に脱がしました。すると実に面白い!自ら着替えを始めたのです。始めの一歩、背中を押してあげるだけで動いてくれるようになったのです。皆さんもやる気が出ないなぁと思うことがあったら、まず一歩を踏み出す努力をしてみてください。『やる気スイッチ』は自ら押すのですよ!

【三和新聞】201号

2017-09-30
第201号 3年ぶりの『鮎釣行』
writer: 市川 五規

 今年の夏、私の趣味でもあります『鮎の友釣り』に出掛けて来ました。本当に久しぶりで・・・3年ぶりとなります!友釣りには色んな道具が必要でして、まずは竿と仕掛けに針。ここまでは普通の釣りの準備と変わりないのですが、これプラス友缶(オトリ鮎を入れる缶)引き舟(鮎を入れて水面に浮かべておく物)タモ網、足袋とタイツとベルト等を前日に用意しました。さて、当日になりコンビニで昼食と熱中症対策のアクエリアスとノンアルコールビールを購入し、豊川の上流の寒狭川下漁協管内でオトリ鮎と釣り券を購入し、いざ!国道257号の只持橋の下流側に場所決めしました。橋の上から川をのぞき込むと鮎が群れて泳いでいるのが見えました♪

 以前は車から川まで簡単に行けたのですが、最近はイノシシやシカによる畑の作物被害除けにフェンスが張り巡らせてあり狭い出入口から入ることとなります。川にたどり着いて周りを見渡すと、他に釣り人は2人いましたので少々距離をとり・・・目が合ったので会釈をして準備を始めました。川に入ると最近雨が降ってなくて水位が少々低く、濁りはありませんが『アカ腐れ状態』で歩くとドロドロとしていました。(アカとは鮎が食べるコケで緑色のタイプではなく茶色のものです)オトリ鮎を仕掛けにセットするにはハナ環を鮎の鼻の穴に通します。その為に、引き舟からタモ網へ移して鮎をつかんでハナ環を通します。その時でした!手からツルッ!とすべって川にポチャン!と・・・逃げられてしまいました。初心者にありがちな恥ずかしいミスです。これが3年のブランクかと思いましたが、気を取り直してセットし竿を微妙に操作してオトリを水深のある流心に入れました。
 
よく【鮎を釣るなら石を釣れ】と云いますので、大きな石の下流側や左右に誘い『泳がせ釣り』をしました。下流側の石周りや上流側の石周りと30分、1時間と泳がせましたが反応がありません。時折周りで鮎が跳ねてはいるけど、釣れません。ここで昼食をとる事にしてノンアルビールをプシュッ♪と開け、チーかまをパクリ!弁当もツマミにゴキュゴキュッとビールを喉に流し込み、辺りを見渡すと山には深い緑の木々青空川のせせらぎセミの鳴き声、うーん実にビールが旨い♪単純ではあるが幸せを感じつつ日々のストレスはこの川に流すことにして、釣りを再開しポイントを少し下流側の中くらいの石がゴロゴロしている所に移動しオトリを流心脇の石に誘い込んだ時でした。目印がビューンと動いたと同時に竿にガツーンとアタリがきました!私は「コレ!コレ!この感じ♪」と言いながら慎重に引き抜きました。タモ網に入ったのは18センチ程で、スイカの良い香りがする鮎でした。

ここいう『引き抜く』とは、川魚は針掛かりすると下流側に一気に泳ぎ下ります。その時に8メートル程の竿を真上にまっすぐに立てますと竿がギューンとしなり、さらに下流側に泳ごうとすると竿のしなりと糸の長さの限界を超えると自然に鮎が水面からあがります。すると竿のしなりが戻る力で鮎が自分の方に飛んできます。これをタモ網でキャッチするのです!これが上手に出来るととても気分よく満足できます♪これが『引き抜き』です。・・・が、失敗すると自分の脇をビューンと通り抜けて上流側に飛んでいき、ボチャーン!と着水してバラシとなり逃げられます・・・。オトリもグッタリと弱りますし、しかも他の釣り人に見られた時は穴に入りたく、いや水中に潜りたくなります・・・。
話を元に戻しまして・・・ここで釣れた鮎は元気なので、またオトリとして使います。これが『友釣りは回転の釣り』と云われています。そこから2時間で3尾釣れ、本日の釣果は4尾となり4時に納竿としました。家に帰り塩焼きにして、ビールと共に美味しく頂きました。3年ぶりの釣りでブランクも感じましたがとても楽しく遊べました・・・が!コレを仕事に置き換えると『3年ぶりでダメでした・・・(汗)』では済まされません。シッカリとデータとして残し、管理しておく事が大事なのは当然の事であり、更に改善しつつ良い『ものづくり』が必要だとつくづく思った1日でした。

【三和新聞】200号

2017-08-30
第200号 『今を、生きる・・・』
writer: 新妻 吾郎

 2000年の12月から、この【三和新聞】を創刊した。はじめの3年間は私ひとりで毎月メイン記事を書いていたが、2004年の2月号で『隔月で書きます!』と泣きを入れた。また2006年の4月号で早くも『4人(4カ月分)の部課長記者さん達に書いてもらって~5番目に書く!』という姑息な手段を使い、なんとか2009年に第100号を突破した!この時の担当記者はワタクシ。たまたまではあるが、仕組まれた『陰謀説』が流れたような~流れなかったような・・・。そして!なんだぁ~かんだと時は経ち!今回~2017年9月の今月号で第200号を迎えることが出来た。担当記者は今回もワタクシ。またも陰謀説が流れるか?とにかく!『継続は力なり』・・・ただただ嬉しく、三和新聞の記者全員に感謝感激!雨あられである。ありがとう・・・・・

 さて、今回は北海道ツーリングのお話し。7月中旬、敦賀湾からフェリーにて苫小牧に上陸!最高の天気で大地を走り抜け~『すすきの』で素敵な夜を過ごし?翌日、道東へと向かう道中~猛烈な雷を伴う豪雨に打たれた。(バチが当たったか?) 所々で道路が冠水。水位は走っていてステップが浸かるほどである。マフラーが水面を「ボボボボ!」と唸っており『ここでエンストしたら、大変なことになる!』と生きた心地がしない最中、ふと霧に煙る道路の先にエゾ鹿がコッチを見てはピョンと、ひとっ跳びで茂みに隠れた。全く人通りというか車の通りも無い、独りぼっちの冠水道路でひとつの生命(いのち)に出会えたことの喜びと『ヒグマじゃなくて良かった・・・』という安心感にホッと一息つくと、今度はソコソコの大きさの雹(ひょう)が降ってきた!同日、関東でもカナリ大きい雹が降ったようで『マジか・・・』と。・・・あんな経験は初めてだった。北海道気象協会の発表によると、この日~1時間降水量の観測史上1位を更新したようだ。『生きてて良かった。』と心底、思えるほどの雨だった。翌日も根室・知床とカッパを着続け、修行僧が如く~前日の雷雨ほどではないが走り続けた。牛や馬はモチロンのこと~エゾ鹿・キタキツネ・丹頂鶴と、時折~目の前を突っ切って来る水鳥たち・・・ヒグマ以外はみんなに出会えた。みんなビッチョビチョに濡れていた。

 商工会議所のメンバーと共に北海道に渡ったのだが、途中まで一緒で~その後バラバラに別かれた。それぞれが自由で、ソロツーリングの楽しさも解っている方々だからだ。それから2日後~朝靄に煙る摩周湖で<これは完璧に見えない『霧の摩周湖』やな>と思いつつ、大好きな第三展望台へ行ってみると2日前に分かれたツーリングメンバーの『石ちゃん』と霧に煙る駐車場でバッタリ出会ってビックリ!・・・ザックリとしたそれぞれのコースは聞いていたが、日にちも時間もアバウトなので~ホント偶然の出会いに「おぉ~♪」と歓喜の雄叫びを2人で上げていたら「吾郎君?」と、今度はご夫婦に声を掛けられた。霧で良く見えなかったので~近づくと「わぉ♪」と家内側の御親戚で、なんと埼玉から~いらしたのだ!第三展望台にいる、たった4人が『知り合い!』という・・・まぁ~霧で摩周湖は全く見えなかったが『偶然の奇跡♡』を摩周湖は魅せてくれた!感謝。その3日後、またも『石ちゃん』とは~小樽でもバッタリ遭遇し、これが異性なら恋に発展しちゃうカモ♪と思うほどの出来事であった。

 さて、あの事故から・・・3年ぶりに訪れることが出来た北海道。学生時代を過ごした北海道。大好きな仲間たちがいる、相変わらずの・・・北海道だった。遥か彼方まで見渡せる大草原を、生き物のようにうごめく湿地帯を、天まで続くのかと思うほど真っ直ぐな道を走りながら『生きている』と感じた。『今を、生きている・・・』という瞬間を感じながら、感謝して走った。細かく言えば『今』の1秒後は『過去』であり、1秒先は『未来』である。その一瞬、一瞬に情熱を注ぎ信頼を築き上げ・・・その一瞬で信用は失われ、命を落とすことさえもある。『今』を大切に【今、生きている喜び】を噛み締めながら『今』を生きられなかった方々の分まで、私は生きようと思う。

 

【三和新聞】199号

2017-07-30
第199号 『達成感♪』
writer: 渡邉 啓史

 私は数年前まで「趣味は?」と聞かれると答える事が出来なった人間でしたが・・・4年前から『キャンプ』そして『マラソン』と続けられる趣味が出来ました。マラソンについては、年に4回決まった大会にエントリーし継続しています。毎年3月に行われる『穂の国・豊橋ハーフマラソン』では今年で4回目の出場をし、毎年自己ベストを更新し続けています!←軽く自慢。因みに1年目、1時間50分だった記録が、4年目には1時間35分になりました♪←軽く自慢解説です。・・・さて、10月には昨年も出場したフルマラソンにエントリーしたので【目標】を定めて7月から練習をしていこうと自分に言い聞かせるのですが・・・しかしこの暑さ!心は折れてしまいます。自宅周辺をただ走るだけでは暑くてやる気も出ないので、以前から気になっていた『トレラン』を行う事にしました!トレランとは『トレイルランニング』の略で舗装路以外の山野を走り、マラソンや登山ブームの波にのって両者の要素を併せもった中長距離走の競技です。【思いたったら即行動♪】東三河で1番高い山の本宮山へ登り(走り)に行きました♪

 私は本宮山に登った事が無い為、どんな感じなんだろうとワクワクしながら登り始めました。登山口から階段を上り、少し山道になってきた所から走り出しましたが思っていた以上に険しく、アッという間に息切れと下半身が悲鳴を上げ、走る事を断念しました・・・。山頂の標高は789mで、登山口から約4.5Kmあり1.5時間かけて歩いて登りました。ルートとしては、階段・山道・岩場・林道からなり、山頂付近には『砥鹿神社奥宮(とがじんじゃ おくみや)』があります。山頂に辿りつくと登って来れて良かったという気持ちと同時に途轍もない【達成感】があり!この気持ちを味わいたくて、いろんな事にチャレンジ出来ていくのだろうと思います。達成感で満足し、一瞬忘れかけていましたが、登山に来た訳ではなくトレランに来ているんだ!と自分に言い聞かせ、下山は約8kmの林道ルートを約1時間かけて走って下りました。山での練習は基本日陰の中で動くので、その辺の道路で太陽を浴びながら走るより大変気持ちが良く、これなら夏場の練習にいいなと、とても満足して帰ってきました。しかし更なる【達成感】を求める私は、次はもう少し走る距離を伸ばしてどれくらいのタイムが出るかチャレンジしたくなり翌週も本宮山へ♪気合を入れて朝6時に駐車場へ到着!さぁ~登るぞ!走るぞ!あれ?あれれ・・・靴が無い・・・。到着して3分も経たずに駐車場を後にし、出発から帰宅までの最速タイム?を更新しました・・・。さらに翌週は会社仲間のKさん&Oさんと一緒に鳳来寺山へ行ってきました!(今回はトレランではありません)

 前回、本宮山に登っているから余裕を持ってスタートしましたが、最初から石段のオンパレードであっという間に膝が悲鳴をあげました。石段1425段を登りきると鳳来寺本堂があり、本堂を抜け695mの山頂まで山道を登って行きます。所々で足を踏み外すと転落する危険な箇所もあれば、岩から滴る水が気持ち良かったり自然を楽しみながら登山が出来ます。何といっても各名所から見る景色はとても絶景です♪(近くの山が伐採されていて『ハートマーク』に見える所もあります♪)登り初めから下山まで総距離は約9Kmあり、4時間の登山でした。山を登り終えると大袈裟ですがひとつの山を制覇した【達成感】を味わいつつ、登山の楽しさも実感しました。帰りは温泉に寄り疲れを癒し、登山に魅了された3人は帰りの車中で『次はどの山に登るか?』で盛り上がり、近日中にまた近場の山に登ろうと思っていますので行きたい方は連絡くださいね♪ちなみにネットで『やまクエ』というサイトが有り、各山の難易度レベルが表示されていて本宮山がLv35中級、鳳来寺山がLv37中級、富士山はLv65上級となっています。そのサイトが面白いのは、登った山を登録していくと自分のレベルが上がっていき、そのレベルをどんどん上げていきたい衝動にかられていく事です。過去富士山に3回登った事も登録して、私のレベルは現在33となりました。これからも経験値を上げレベルを上げていきたいと思っています。

 マラソンも登山も同じですが、走る、登る事の動きを続ける事は簡単な事ではありません。マラソン完走、登山登頂を【目標】に掲げ、その目標を達成する為にはどのような事をしなくてはならないのか?『練習方法』『目標達成計画』をシッカリ立て『実行』しないと達成は出来ません。自分が頑張った分、目標を達成した時の【達成感】は計り知れません。仕事でも自分の目標、会社の目標を達成する為にどの様な事をしてどの様にアプローチしていくかを常に考え、行動に移して【達成感】を味わい続けていきたいと思います。

 

【三和新聞】198号

2017-07-01
第198号 『基礎が大事』
writer: 杉浦 秀幸

 梅雨は季節の移り変わりを感じさせてくれるもので、風情があります。各地で開催されているあじさい祭りは、この時期にしか味わえない楽しみの一つだと思います。植物は毎年同じ時期に芽が出て花が咲き、自然の力の凄さを感じさせてくれます。我が家の庭にもあじさいなどの花々が咲き、庭は賑やかになってきました。今回はそんな庭についてお話したいと思います。

 どちらかといえば運動することが好きで20代の頃は園芸にはまったく興味がなく、園芸は女性の趣味のように思っていました。それが8年前にマイホームを建ててからキレイな庭が欲しいと思い、園芸に興味を持つようになりました。好きなことや興味などは年齢や環境と共に変わっていくものなのでしょうね・・・。更地に理想とする庭を【イメージ】しながら時間をかけて造り上げていく『楽しさ』と『庭は自分で造り上げたい!』という思いもあり、ウッドフェンスなど一部は業者に施工してもらいましたが土の改良や花壇などは自分で施工しました。

 さて、花や芝生を植えるには・・・まず【土が大事!】と思い、土壌改良から始めました。やはり、この作業が一番大変でした!当然ですが重機などあるわけではないので荒れていた土地を、つるはしと!スコップと!根性で!深さ20cmほど掘り起こして大きな石や雑草を取り除いていきました。義父に借りた軽トラで建材屋に『サバ土』(園芸に適した土。マサ土とも云う。)を購入しに行き、運んできては整地していきました。綺麗に整地が完成したら次は芝生の植え付けです。今の時代は便利ですよね!ネットで注文すると芝生生産地から新鮮な芝生が送られてきます!芝生を植え2ヶ月もすると青々とした芝生の庭が完成しました♪

 しかし、芝生を綺麗に保つにはすごく手間が掛かります。夏場は水やりを欠かせず、水を与えれば伸びるのも早くなります。頻繁に芝刈りをすることで芝が密になり、美しい芝生にする為には伸びた芝生は短く刈らないといけないのです。今では所々にクローバーなどの雑草が生えてきて初めの様な綺麗な状態を維持するのは、とても難しく大変なことだと実感しています。畑は6、7年経ってようやく美味しい野菜が出来るようになりました。初めは採れる量も少なくて、しかも美味しくなく!ほうれん草は土の味がするほどでした・・・。色々と調べてみますとやはり土に問題があり、栄養が足りないようでただ伸びていただけでした。栄養のあるいい土にはミミズが沢山いて土中の養分を作ってくれますので、生ゴミを庭に埋めて『自然の力』と『生物の力』で土壌改良しました。初めは少なかったミミズも今では結構いるようになり、5月に植えた夏野菜の苗がグングン成長してきました。出社前に野菜の出来ばえをチェックし、収穫するのが日々の楽しみとなりました。

 大まかな庭が完成したら後は四季折々で季節の花を植え替えています。冒頭でもふれました梅雨の代表的な花である『あじさい』についてもう少し詳しくお話します。あじさいは花の色がよく変わることから七変化とも呼ばれています。土壌の酸性度によって花の色が変わり、一般に「酸性ならば青、アルカリ性ならば赤。」になると云われています。環境によって花の色が変わるのです。雨水には大気中の二酸化炭素が溶け込んでいるので、比較的雨が多い日本の土壌の多くは弱酸性だそうです。だから日本では青色のあじさいが多く、赤色の花は少ないようです。初期状態では赤色でも年月が経過するにつれ青色に変化するようです。我が家には赤色のあじさいが咲いていますがいつ青色に変化してしまうのか心配です。一連の庭造りを通して感じたことはやはり植物や野菜は土が一番大事で小まめに手入れしてしっかりと管理することが大切ということです。

 仕事も同じように【基本や基礎】が一番大事だと私は考えています。何が重要なのかを理解出来ていないと間違った方向へ行ってしまい、良い商品は決して出来ないと思います。また基本や基礎を大切にしつつ、状況の変化にも柔軟に対応できる能力も必要だと感じています。【品質は我らの命です!】しっかりとした【知識と考え】をもって行動し、基本や基礎を守るという姿勢で常に仕事に取り組むことが大切だと思います。

 

【三和新聞】197号

2017-05-31
第197号 『大人の言うこと』
writer: 太田 敏浩

先月の三和新聞に親の言うことを聞かないご子息の話題がありましたが、そんな悩みをお持ちのご家族に聴いてもらいたい曲、NakamuraEmiさんの『大人の言うことを聞け』・・・運転中に流れてきたこの曲にふとそんなことを思いました。若い人達に向けたメッセージソングです。

大人の範囲を20歳から80歳とするなら、中堅どころの大人になった私にとって『大人の言うこと』とは年上の方のみでなく、例えば年下の一流アスリートの言葉であっても、そこに『大人の言うこと』を感じます。それは【共感】であったり、自分に足らない物への【気付き】であったりしますが、今まで齢を重ねた経験があるからこそ感じることだと思います。今だから分かるとは経験があってこそですから、聞くことに大切なのは想像力だと思います。未経験なことに対してどれだけ想像力を働かせられるかが大切だと思います。そして大人にとって大切なことは伝える力だと思います。今や中堅の大人ですから相手に想像力を働かせられる伝え方を身に着けていきたいものです。

戦国武将の加藤清正をご存知でしょうか?かく言う私もそれほど詳しいわけではなく『秀吉の家臣』『槍の清正』『寅退治の図』『熊本城城主』といった単語程度の知識しかありません。昨年の熊本地震直後にライトアップされた熊本城の瓦が崩れていく様子がテレビに映し出されていました。辛うじて残った石垣によって熊本城の崩壊を免れ、現在復旧工事中です。熊本城には一度訪れたことがあり、石垣については『武者返し』と紹介されていました。上に行くに従い角度が急になる石垣は敵に登られることを防ぐ防御壁としての役割を担っていました。先に書いた知識から清正イコール武闘派のイメージのあった私にとって、下から見上げる急峻(きゅうしゅん)な石垣に自分のイメージと合点がいった思いでした。

しかし、先日NHKの熊本城の石垣特集の番組を観て、そのイメージは大きく覆されました。番組によれば熊本城の石垣は最新の耐震構造だったというのです。上に行くに従い急になっていく構造は地震の横揺れによる力を下方向に逃がすことにより石垣の崩壊を防いでいたのです。この構造を編み出した清正は武闘派だけでなくエンジニアとしての能力も兼ね備えた人物だったことにリスペクト。熊本城の石垣には明治に造られた石垣と清正の石垣があったそうですが、熊本地震により近代日本の礎となる明治の石垣は崩れ、それより遥か昔の清正の石垣が残った事実に驚かされました。東北地震の陸前高田の一本松に自然の猛威への成すすべのなさを覚えましたが、震度7に耐えた清正の石垣に人智への希望を感じました。これぞレガシーなのだと思います。

石垣に秘められた耐震構造という先人の知恵が今回の熊本地震から熊本城を守ったという教訓こそが『大人の言うことを聞け』ということに繋がるのではないでしょうか。『百聞は一見に如かず』と云います。一個人にとって経験は大切だと思いますが、仕事においては失敗も成功も『百聞は一見に如かず』では生産効率が上がりません。情報の共有が大切であり【聞く力】と、経験という大切な要素を補えるだけの【伝える力】を養うことが必要だと思います。そして良くも悪くもリスペクトされる大人になること。

私にとっての清正は上司だった笠原さんです。これからは私自身が清正として若い人たちに【大人の言うこと】を伝えていけるよう邁進していく所存です。そして熊本城の復旧工事完了後また見に行きたいです。石垣は被災前と同じ状態に積み上げられるそうです。その石垣を見上げた時、きっと前回とは違う感慨を抱くだろうな・・・。

最後にNakamuraEmiさんの歌詞を引用させて頂きます。『♪大人の言うことを聞け 決して言う通りにしろじゃない 光っていたら信じて 腐っていたら反面教師~♪』

 

【三和新聞】196号

2017-04-29
第196号 『ガッツ三男坊!』
writer: 菅沼 稔
 我が家には2才違いで3人の息子がいます。容姿はよく似ていると言われますが性格から行動まで全く異なる3人で、クールでマイペ-スであり口が達者でちょっと生意気な長男。手先が器用で家事を一番手伝ってくれる、妻の信頼度ナンバ-1の次男。甘え上手で2人の兄に鍛えられてなのか?一番やんちゃで学校からの呼び出しナンバ-1の三男。そしてこの春、三男坊が小学校を卒業し中学校へと入学しました。長男から数えて10年間お世話になった小学校、面白エピソードや感動エピソ-ドは数知れません。今回は負けず嫌いでガッツ!が取り柄の、三男坊について語りたいと思います。

 さて、この三男坊・・・スポ-ツと遊びに関しては自分の限界をしょっちゅう超えて頑張ってしまい、ケガは日常茶飯事!小学校3年生の時だったと思いますが、妻から私の携帯に「学校の運動場で倒れて、救急車で運ばれたらしいわ!」との連絡があり急いで病院へ。到着して妻と保健の先生に事情を聞くと、放課後に鬼ごっこをしている途中に突然倒れたとの事。診断結果は熱中症・・・水分補給もせず、遊びに夢中だったようです。その後も骨折や2回目の熱中症で、これまでに3回も救急車のお世話になっています・・・。学校からの電話にすっかり慣れてしまった妻は、卒業間際の学校からの電話には開口一番「骨折ですか?熱中症ですか?」と聞いてしまったそうです。回答は「ガラスを割ったから弁償して下さい。」との事・・・笑えません。

 そんな息子ですが運動会やマラソン大会になると、そのガッツを遺憾なく発揮し家族を巻き込んでは練習に付き合わせ、そして「一番になったら何か買ってくれ♪」と要求してきます。因みに「テストで100点!取ったら何か買ってくれ♪」というのは聞いたことがありません。小学校最後のマラソン大会では、いつになく練習にも気合が入っており珍しく観に来てほしいと言う息子。意外にも一度も行ったことがないマラソン大会を観に行きました。結果は惜しくも2位・・・余程自信があったのかゴ-ル後に遠くから見ても分かるほど号泣しており・・・思わずもらい泣きしそうになるのをグッと堪えました。

 3人の子供たちには日ごろから、遊びやスポ-ツや勉強など何事にも全力で頑張るよう話しているのですが、一生懸命なのはゲームくらいで学問にはさっぱり力を入れてくれません。「今のうちに勉強しときなさい!大人になったら後悔するよ!」なんて子供のころ両親に言われた様なことをつい自分も口走ってしまいますが、興味のないことに聞く耳持たず・・・自身の経験から学問の大切さを説くのですが一向に子供たちの心には響いてくれません・・・。しかし!自らが興味をもって知りたいと思ったことは、放っておいても勝手に調べるものです。我が家では子供たちの『調べモノ用』に家族共用のタブレットがあるのですが、思春期の男の子たちですので導入当初は大体エッチな単語の検索履歴ばかりがあり・・・。(私のころは辞書でした。)最近はさらに知恵をつけて、その履歴すら消されています・・・。

 仕事においても、いくら上司や周りから~やれ「スキルを上げろ!」「効率を上げろ!」「売上を上げろ!」と言ったところで当人にその気が無ければ一向に心に響きませんし、長続きもしません。自らの『欲求』すなわち欲し求めること【もっと仕事を覚えたい】【もっと給料を増やしたい】【出世したい】【ライバルに勝ちたい】等、自らの内面から『なりたい!』と思うことが行動を起こさせるのだと思います。動機は不純でも何でも構いません!色んなことに貪欲に精進していきましょう!

 

【三和新聞】195号

2017-04-02
第195号 『小さなことからコツコツと・・・♪』
writer: 新妻 吾郎

のっけから・・・親バカ話しにお付き合い願いたい。最近の愛娘『ひまり』の成長には目を見張る今日この吾郎である・・・(寒) この新聞が発行される2日後には、ちょうど1歳と6ヶ月を迎える。もう歩くわ、走るわ~ジャンプもするわ!言葉もスポンジの如く吸収しはじめ、ウルサイぐらいに喋りまくる「ちゃいとぉーちゃんよ!(斉藤さんだぞ!)」「ハンバァ―――グゥ♪」「アッポーピェン!」・・・全てにおいて若干~古い。しかし何でも~即!【モノマネ】をし『真似したい盛り』なので、例えば足でドアを開け閉めなどしようモンなら~スグ!真似される・・・【観察力】に長(た)けているのだろう・・・ちょっとしたコトでも見逃さない、見逃してくれない・・・真面目な、お手本となる『良き親』でいなければならない・・・・・

親バカ話しをまだ恥かしげもなく続けさせていただく・・・毎朝「パパおきてー♪おきゅてぇー♪」と顔をペチペチ叩かれては、チュー♡をして起こしてくれる。更に!私の朝の薬と水筒を持って来ては「パパのんで!にょんでぇー!」と・・・朝に弱い私も流石に、爽やかに~起こされる。もうメロメーロの親バカバーカである。ただ、親御さんにはご理解いただけるかと思う。昨日できなかった事が今日できる。出来る事が日々、増えていく!という成長の著しく早い時期(とき)を。細胞分裂の途轍もない脅威を。さて・・・その愛娘の【進化】を見守る、己の『老化&退化』そして【無変化】に驚愕もする・・・。『進化』の対義語は『退化』・・・そう辞書では出てくるし、教わった記憶も微かにある。確かにそうとも思えるがチョットへそ曲がり?な、ある種~生物学的な観点から考察すると~深海魚で目が退化したとか、哺乳類で尻尾が退化したとしても『不必要な環境下であるが故~形を変え、退化という進化を遂げた。』という成長過程の変化点とするのは変か?・・・(寒) つまり!先程も申し上げたように進化したり退化したりする変化なら進行しているので~まだしも!・・・【無変化】は『悪』なるモノだと結論付けたいのだが・・・広い視野で『変化をさせずに作り続ける!』と捉えると無変化も『善』な要素があるのでチト難しい・・・。正解の無い迷路にハマりそうなので~また少し、話しの角度を変えてみる。

やりたいのに、やれない事がある。やめたいのに、やめられない事がある。変わりたいのに、変われない事がある。要は『弱い自分』に、いつも負ける・・・コレを『悪』とし【無変化】と位置付けよう。・・・良かれと『頭』で思い、変化させようと試みるが~すぐさま拒否反応を『体』が、拒絶反応を『心』がし始める・・・人間は厄介な動物である。『三つ子の魂百まで』・・・良いコトなのか、悪いコトなのか?止めどなく悩むと~この記事を書いている筆が止まる。(正確にはキーボードを叩く指ですけど)・・・!と、ここで閃くっ!それは『小さなことからコツコツと』西川きよし作戦である♪

実は今年の3月1日からひっそりと実践しているコトがある!それはパソコン入力するキーボードの置く指の位置を右手だけ1つ右へズラしたのだ!つまり通常キーボードに置き始める指は~左手の人差し指が『F』に、右手の人差し指が『J』の位置であり「ココからですよ!」と云わんばかり、よく見ると小さな突起物もある。しかし、私は独学で始めたため全く何も考えず~左は『F』に、右は『H』で20年以上前から、ソコソコ速いブラインドタッチで完璧にキーボードを叩く【癖】がついていた。では、何故~今となって変えたのか。やってみると解るが、右手の『J』から『H』では2cm・・・製造業的に言えば20mm狭くなるのだ!つまりは指が!肘の関節が!ここ数年~窮屈さを感じていて、直したい~直したい~と思い続けていたからである。しかし、たかが20mm!されど20mm!ワイドに拡げただけで、もう~まるで別世界に連れて来られたような・・・全くもって文字が速く打てず、打ち損じる事多く・・・スグ!元に戻そうと、楽な方へ~楽な方へ~と逃げ出したくなる自分に喝を入れ!・・・ジレンマに陥り!・・・葛藤を繰り返し!・・・1ヶ月近くも我慢して続ければ~なんとか慣れてくるモンである。効率性と人間工学に基づいた配列に~指がやっと馴染んできた実感がある。

人は良くも悪くも【順応】する生き物だと私は思う。つまりは【人間・・・慣れだ!】である。出来得る限り良い方向へ【良い癖付け】へと自分自身で自分自身を導いて慣れさせるしかない。まずは1ヶ月!さすれば~慣れる♪ハズ!・・・さて、目まぐるしく世の中の状況は変わる。私達は少しずつでも変化し続けて行かなければ生き抜けない世界である。それには強い意志と共に、小さなことからコツコツと【良い癖づけ】をして【進化】しなければならない。物事は小さいことの積み重ねで大きい成果に繋げられると、私は信ずる。なので、ですので、小さなことからコツコツと・・・・・

 

【三和新聞】194号

2017-02-27
第194号 『毎年恒例の・・・!』
writer: 彦坂 訓克

春の訪れを知らせる“春一番”も観測され暖かな季節、春はもうすぐですね。春は『出逢いと別れの季節』と云われますが、私の唯一?の趣味と言える“釣り”その釣り具の新製品が目白押しの季節でも有ります!毎年2月頃開催される『フィッシングショー大阪』に今年も行って参りました♪フィッシングショーとは、その名の通り釣り具のイベントで日本最大級のショーです。釣り具メーカー各社が出す新製品をいち早く体感できる事や、私には普段触れられないような高級ロッドやリールなど様々な実演やアトラクションを通じて体験できる嬉しいイベントです。また『プロ釣り師』ともお話が出来るのでアドバイスや耳寄り情報をゲットできたり、子供から大人まで楽しめる内容も盛り沢山なので、釣りファンは勿論のこと!興味の有る方も是非是非!行ってみてください!魅力満載の大イベントですよー!(・・・回し者では無いですよ。)

会場は“インテックス大阪”で昨年までは6号館のA・Bにメーカーブース、3号館に物販・体験ブースと3つの建物で開催されていましたが、今年は4号館も合わせた4つの建物で開催されていたため来場者が分散し混雑が緩和されそうです。昨年までは余裕を持って夜中に車で出発し、ゆっくりのんびり?移動でしたが今年は寝過ごしてしまい夜明け前の出遅れ出発となってしまいました。出遅れた事で会場の駐車場に入るまで、すでに大渋滞となっていました!(開場2時間前なのだが・・・。)渋滞に30分ほどお付き合いをしてようやく向かった入場口はもう滅茶苦茶!混んでいました。しかも何百人も並んでる・・・。老若男女いろんな人が朝早くから並んでいるのは毎年の事だけど、すごいなと思いました。最近、釣り人口は減ってきていると聞いた事は有りますが・・・いやいや、とてもそんな感じでは有りません。

まず私は、並ぶ前にお約束の抽選券付き手提げ袋を購入します(多分、殆どの方が購入される定番袋でカタログ入れたりとすごく便利です♪)開場まで並んでいる時は、嘘か本当か?周りの強者揃いの釣り談話に聞き耳を立てて時間をつぶし、時には話しに混ぜてもらったり・・・開場するとブースに吸い込まれるように流れる列は超っ速なのですが、思いのほかスムーズ。入場係の人、かなり手際良いです。私はいつも最初にD社、次にS社のブースへ向かいます。人気メーカーなので早くから混み合いますが、人混みをかき分けお目当ての機種、気になるモデルをチェックしまくりです!また、プロの方もいるので具体的な説明や特性はモチロン!本当の!釣り談話などを聞けたりします♪トッププロとのこの親密感がたまりません♪

商品に触れられるのもフィッシングショーの魅力ですが、各メーカーで行っているトークショーも楽しみです。中でも“釣りビジョン”ブースでは絶え間なくトークショーが行われており、人もたくさん訪れます。トッププロや有名人の話はフィッシングショーでしか聞けない話も多く、とても面白いので来年行ってみようという方は是非!トークショーに参加してみて下さい。ちなみにマグロ解体ショーなどもやっており、解体後すぐにお寿司を握ってくれてその販売が格安です♪(回し者では無いですよ。)というわけで今年も『フィッシングショー大阪2017』を目一杯!楽しんできました♪

毎年の事ですが、釣り具の進化はすごいと思います。ロッドやリールの軽量化、とにかく軽い(本当にビックリです。)軽量ながらも強度は確保。ラインの耐久性や強度アップ。ルアーの形状やリアルな動き。“釣ること”に特化した技術(テクノロジー)は常に進化し続けていて、素晴らしいと思います。とあるメーカーの方がこんな事を仰ってました。「“釣れる道具”の進化とともに“道具が釣らせる”技術が進化してきている。釣り道具は人が使うものであり、釣りもの(相手)は自然が対象。道具が如何に自然に溶け込んでいけるのかを常に追求し進化し続けていること。【目標】がしっかり見えているから【進化】し続けられるのだろう。目標をしっかり捉えているから【追求】することが出来るのだろう。」と。・・・私たちにも通ずる事ではないでしょうか?春は新たなスタートの季節とも云われます。新たな『目標』を立てて、しっかりとその目標も見据えて『進化』し続けて行きたいと思います!

さて、帰りの最後に抽選券でくじを引き、毎年恒例となってしまっている残念賞のサランラップを2個もらい、家にお土産だよ~って帰宅です。来年は一体どんな新製品が開発されてくるのか楽しみです!来年も私は、必ず行くことでしょう!私も進化していて・・・・・あ!言っちゃった。

 

【三和新聞】193号

2017-01-31
第193号 『永遠の・・・』
writer: 神谷 敏紀

久々ドッピューンのトシちゃん登場でーす♪今回は主演 岡田准一、主題歌 サザンオールスターズ『蛍』2014年に全国スクリーンで公開された『永遠の0』・・・私は3回スクリーンに足を運んで観るたびに・・・泣いた。現在、単行本を読み返し5回目に突入!何度読み返しても・・・泣ける。私の生まれは沖縄の糸満。太平洋戦争の激戦地である。祖母や母から戦争体験談を幼き頃から聞かされた。少し怖い話になるが祖母は首元を、母はお腹を銃弾が貫通したが、幸いに急所を外れていたため命からがら生き延びる事ができたという・・・壮絶な時代の事象を聞かされていたのだ。

さて『永遠の0』の物語は、主人公の健太郎とその姉 慶子の祖母が亡くなったことから始まる。今まで慕っていた祖父は、祖母の死をキッカケに自分が実の祖父ではないということを明かす。そして実の祖父は戦争で亡くなったと打ち明けるのだ。死んだ実の祖父がどんな人だったのか?その疑問を解消するため健太郎と慶子は調査を始めたのだった。祖父の実の名は宮部久蔵。15歳で海兵団に入団。毎晩鍛錬に努め、機体整備にも気を遣い、巧みな操縦技術を持つ航空兵であったが実戦においては無謀に撃墜することより撃墜されないことに重きを置いた。こうした命を重んじる思考から上官に意見する事もあり『臆病者』と称された。下の者へも丁寧に話す様は馬鹿にされるほどであったが、教官としては非常に厳しくも暴力に訴えることは一切なかった。また妻子を常に案じ「必ず生きて帰る」と公言していた。真珠湾攻撃では空母『赤城(あかぎ)』の戦闘機パイロットとして参加。ミッドウェー海戦での赤城喪失後はラバウル海軍航空隊に配属され一度内地へ帰還。筑波海軍航空隊で教官を務めた後、特攻隊に自ら志願。鹿屋(かのや)海軍航空隊の鹿屋飛行場より出撃し、米空母『タイコンデロガ』に突入し・・・未帰還となる。享年26。甲板に特攻したが不発に終わってしまった。米兵は久蔵の遺体を侮辱していたが、その遺体から妻子の写真を発見すると心中を察し、彼を海底へと丁重に葬った・・・。

本を読み終えて私が理解したのは戦争の背景とその儚さである。戦争の背景には色々な思いが詰め込まれているということも知った。そして注目すべきは戦争で亡くなった久蔵の心情の変化だろう。健太郎と慶子が調べていくうちに久蔵の実態が明らかになっていくが、ポイントは次の2つ。ひとつは久蔵が『臆病者』と呼ばれていたこと。次にそんな臆病者である久蔵が自ら『十死零生-じゅっし(じっし)・れいしょう(れいせい)』と言われる特攻隊に志願したこと。臆病者というと印象が悪いかもしれないが、久蔵は命を何よりも大切にしていたのだ。そんな久蔵が自ら特攻隊に志願する心情の変化とは一体どういったものなのか?残念ながらその答えは文中でハッキリしたものは無かったのだが、その心情の変化に私は心打たれたのである。

気になったのは、本のタイトルである『永遠の0』・・・結局、本を読み終えてもそのタイトルの意味を見出すことが出来なかった。私は考えた。零戦のゼロ?十死零生のゼロ?そして、更なる『永遠の』という言葉が腑に落ちない。考えれば考えるほど解らなくなる。答えが出ないので再度、亡くなった久蔵の心情について考えてみた。亡くなった人の心情を知り得ることは出来ないが、私なりに考えて読み取った心情は次のとおりだ。久蔵は何よりも家族を大切に想い、家族に会えるための『自分の命』を大切にしていた。しかし戦争という境遇に立たされ仲間の死、戦争で亡くなっていく人々の死をたくさん目の当たりにしてきた。久蔵は仲間の無念を受け継ぐことになるが、それを一人で抱え込んだまま生活をするのが苦しかったのだろう。そして耐え切れなくなった。生きることに執念を燃やしていた久蔵であっても、戦争はそれを打ち砕く。戦争で得られるものは何も無い。つくづくそう感じさせられた。戦争を繰り返しても得られるものは永遠に無い。つまり『永遠のゼロ』・・・そう捉えることが出来るのではないだろうか。

また『0』という文字は円を書くことになるので始まりも終わりも一緒になる。仏教では『輪廻転生』という言葉があるように、人は死しても何らかの形で現代に戻ってくるという考えがある。もしかしたら久蔵は現世に区切りをつけ、来世で生きていくと覚悟したのかもしれない。そういった意味でも『永遠の0』というタイトルが当てはまるのかも・・・。歴史は繰り返すと云われるが戦争は絶対に繰り返してはいけない。『永遠のゼロ』にしなければならないのだ!そのために私たちが大切にしなければならない事がある。それは戦争という事実が過去にあったということを忘れないこと。過去の事実を認識し2度とこのような事を繰り返さないこと。そして、この事実を後世に引き継ぐこと。人は何のために生きて、何のために死ぬのか?『永遠の0』は、それらを考えさせられる作品である―――。

 

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